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Chapter.14
「みんなの職業って教えたっけ?」
一緑の質問に、華鈴は「ううん?」と首を振る。
「えっとー、黒枝くんがモデルで、鴻原くんがスポーツトレーナーでしょー?」
確認するように言う一緑の説明に、紫苑が唇を尖らせ、鼻にシワを寄せながら会釈した。
「で、赤菜くんがここの大家兼管理人とバンドのボーカル~」
「ギターボーカルな」紫苑の注釈に
「めっちゃ歌うまいねん」橙山がまなじりを下げる。
「すごい兼業ですね」
「趣味が高じてってゆうのんもあるけどな」自分のことのように紫苑が言うと
「あ、ちなみに、しぃちゃんと黒枝くんと赤菜くんは幼馴染な」橙山が付け足した。
「そんで、キイロは小説家」
ストレッチを続けながら言う紫苑に続き、青砥がペンネームを口にする。
その名前は、新刊発行時には書籍の売り上げランキングに必ず入る、ベストセラー作家のものだった。もちろん華鈴も名前は知っていて、その意外性にギョッとする。
「えっ、そうなんですか?」
「うん。ここに住み始めた頃は今ほど有名じゃなかったけどね~」と青砥。
「頑張ったよなぁ」と橙山。
「あんな感じやから、顔出したりしてないし本名も非公表やから、一部の人しか知らんみたい」一緑が言うことに、華鈴が納得顔で点頭する。
あのベストセラー作家がキイロだと知ったら、そのビジュアルが相乗効果となり、きっと世の女性が放っておかないだろう。
「アオはデザイナーで、自分のブランド持ってる」
青砥を指し言う一緑に続き、橙山がブランド名を伝えた。
「えっ」
華鈴がまたも驚いて、青砥を見やる。
「うん。そやねん。それも」と青砥が一緑の着ている服を指し「俺がデザインしたのの試作品~」にこやかに言う。
「もう売り出してるんやっけ」一緑が自分の服をつまみながら青砥に聞くと
「うん。ちょっとデザイン変えたやつな~」こないだリリースして、雑誌に取り上げてもらったよ~、と青砥が笑顔を見せた。
おとなしそうでおっとりした青砥からは思いもよらないような奇抜なデザインもあるブランドで、人は見かけによらない、という言葉がしっくりくる。
「うちのカタログで黒枝くんにモデルやってもらったり、それをコイツが」と青砥が橙山を指さす。「撮影してくれたりしてるんよ」
「あ、オレ、カメラマンね」橙山が自分を指さして自己申告する。「雑誌の表紙とかも撮影してまーす」そう言う橙山の笑顔ははちきれんばかりだ。
「こいつは本名で活動してるから、検索したら色々出てくるよ」
紫苑の注釈に、橙山が「てへっ」と笑った。
「バラエティに富んでるんですね」
「なんかなー。集まっちゃったよねー」不思議そうに橙山が首をかしげる。
「割とみんな似通った業界でもあるけどなぁ」青砥は楽しそうにニコニコしている。
「そういう意味では一緑が一番特殊なんかもな」ストレッチを終え、ソファに座りながら紫苑が一緑を見た。
「正式にはなんていうの? 普通の翻訳家じゃないでしょ?」青砥の問いに
「映像翻訳家。いつもは制作会社勤務とかってゆってるけど」一緑が答える。
外国で制作された映像に日本語訳をつける仕事で、一緑は専門の制作会社に就職をした会社員だ。業務内容によって、会社へ出社したり在宅で作業を進めたりしている。
「カリンちゃんは? いま学生さんよね? 何年生?」
「四年になりました」青砥の質問に華鈴が首肯する。
「あら、じゃあもう就活や~」
「はい」
「何社かエントリーしてるんでしょ?」一緑が華鈴に問う。
「うん。今年から面接が始まるの」
「わぁ~、そっかぁ、大変な時期やぁ」
「懐かしいな~、就活。もう何年前やろ」紫苑が指折り数えて「もう九年前やわ~」目を細めた。
「あー、オレ就活してないわ~」橙山が言って「アオは? したんやっけ?」隣に座る青砥に聞いた。
「うん、したよ? 就職してしばらくアパレルの企業で働いて、独立してん」
「えー、そうなんや、知らんかったー」と一緑。
「うん。いのりがここ来たときには、おれもう独立してたし」
「じゃあ知らんかぁ」
「そういうお話ってしないんですか?」
「うーん、あんまりせんかも?」青砥が首をかしげる。「酒飲んだときくらいかなぁ」
「わかる~」一緑が同意して笑った。
「えっ? カリンちゃんはなりたい職業あるの?」華鈴を見て橙山が問う。
「はい。出版社に就職して、雑誌の編集者になりたいと思ってます」
紫苑が「あら、ええねぇ」と相好を崩す。
「どんなジャンルがええの?」橙山の質問に
「できればファッション誌がいいんですけど……」少し恥ずかしそうに華鈴が答えた。
「あ、やっぱ興味あるんや」青砥が嬉しそうに笑う。「いつもオシャレにしてるもんなぁ」
青砥の横で橙山がうんうんうなずいた。パッとなにかを思いついたように笑顔を見せて。「ねぇねぇ、カリンちゃんにお願いがあんねんけどさぁ」
「はい」
「今度、試作の服のモデルやってくれへん? 男やったらうちでできんねんけど、女性の服って会社いかないとできなくてさ」
「私でよければ……」
「わー! 嬉しい! 助かるー!」青砥はひとしきり喜んで、「あっ。……ええかな?」思い出したように一緑にお伺いを立てる。
「華鈴がええならええけど、二人きりはちょっと……」一緑の過保護が顔を出す。
「そしたら、いのりも都合いいときにお願いするわ」
「うん。あと、あんま生地少ない服もあかんで?」
「あー…それはデザインによるけどー……そっちはほかの人かトルソーでええか。じゃあ着るときに見せるから、あかんかったらゆって?」
「うん。やったら二人に任せるわ」
一緑の視線を受けて「青砥さんが大丈夫でしたら、私はそれで」回答した。
「わー、嬉しい~!」青砥は顔をクシャッとさせて満面の笑みを浮かべ「じゃあ今度、お願いするね」胸の前で合掌した。
「はい」
「今度、メッセ登録させてもうていい~? 家で会えるとは思うけど、念のため」
「えー」
難色を示したのは一緑だ。
「ええやん別に下心とかないねんから」
「疑ってるわけやないけどさ」
「いのりんはケチくさいよなぁ。握手もさせてくれんかったしさ」
口を尖らせた橙山が、初対面時のことを蒸し返す。
「お前まだそれゆうてんの? しつこいで」
一緑が反論すると、橙山もまたそれに反論する。二人がキャアキャア言い合いをしていると、
「はー、さっぱりした」
トコトコと足音を立てて黒枝がリビングに戻ってきた。
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