Chapter.17

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Chapter.17

 夕食を食べ終え、一緑と華鈴は食後の散歩へ行き、赤菜と紫苑は満腹とアルコールのせいで眠たくなったと自室へ戻った。  橙山は風呂へ行き、青砥は入浴のために部屋へ着替えを取りに行く。  テレビを見つつ酒を飲んでいる黒枝が久々の自宅を満喫していると 「ただいまー、疲れたぁ」キイロが帰宅して、リビングへ声をかけた。 「おかえりー」答えたのは黒枝だ。 「えっ! わっ! 黒枝くんやん! いつ帰ってきたん?!」 「今日の昼頃よ。なんか入れ違いやったみたいやなぁ。でもなんか、昼間アオがキイロにメール送るような話してたけど」 「あぁ、途中で充電切れてもうて、もうええわ思って電源切れたままやわ」キイロが後頭部を掻いた。「それにしても久しぶりやなぁ」 「なぁ。相変わらずガリッガリやな」 「赤菜くんもアオも一緒やん」 「アオは確かにそやけど、マコトはちっさいときから見慣れてるから、もうなんとも思わんかったわ」 「えっ、でも黒枝くん痩せたんちゃう? 絞った?」 「んー。ショー出る間はどうしてもなー。サイズ変わったら大変なことになるからさぁ」黒枝が自分の腹をさすりながら言う。 「人前に出る仕事は大変やな」 「キイロもそのうち出るようになるんちゃうん」 「ならん。出ぇへん」キイロは頑なな意思を持ち、かぶりを振る。 「せっかくかっこいい顔してんのやから出たらええのに~」もったいないと言わんばかりにキイロの顔を見た。 「いらんやん、作家に見た目とか」 「そうかなぁ。どんな人なんか気になるファンの人はおる思うけど」 「俺は書いた作品が面白いと思ってもらえたらええ」 「そういうもんかぁ~」  いまいち納得はしていない雰囲気で、黒枝は後頭部の髪を手でバサバサと弾く。 「あ、キイロやー、お帰り~」二階から衣類を持ってきた青砥が「ごめーん、みんなで夕飯食ってもうた~」呑気な口調で報告した。 「あぁえぇよ、だいじょぶ。俺も取材先で食ってきたから」 「ほんなら良かったわ~。先風呂もらうな~」  青砥が言い残して浴室へ移動した。  旅行用のボストンバッグを床に置き「しばらくはこっちおるん?」キイロがソファの端に座った。 「うん。いまんとこしばらくは日本におる予定よ。それにしてもあれやな、よぉオッケーしたなぁ」 「え? なにが?」 「サクラさん…カリンちゃん、やっけ? 女の子住まわすの」 「あぁ……」キイロはここにいない華鈴を思い浮かべる。「なんか訳ありみたいやし、一緑の彼女やし、俺が口出すことでもないかなって……」 「訳あり? 大丈夫なん? そんな風には見えんかったけど」 「いや、なんか、一緒に暮らしてたお姉さんが彼氏と同棲するとかで、追い出されるけど新しい家が見つからんとかゆうてた」 「あぁ、なんやビックリした。誰かから逃げてんのか思った」 「そういうんはない思うよ。一緑の彼女やし、一緑そういう人と付き合ったりしなさそう」 「あーまぁ、たしかにそやなぁ……」黒枝は少し考えるように黙って。「まぁ、キイロが大丈夫なんやったら、俺がとやかく言うこと違うけど」 「心配してくれたんやろ? ありがとう」 「うん」黒枝は満更でもないように、口元をゆがめて照れ笑いを浮かべる。 「……それに、悪い人じゃ、ないみたいやし……」  キイロがぽつりとつぶやいたその言葉は黒枝に届いていなくて。 「え? なんて?」 「ん? いや? なんでもないっす」 「そう?」黒枝は少し首をかしげ、話を変えた。「キイロも忙ししてるみたいやなぁ」 「んー、まぁボチボチ?」頬を指先で掻きながら答える。 「本よぉさん出てるってネットニュースで読んだけど」 「連載してたんがタイミング良く毎月単行本になっただけっすよ」 「だけってゆうても大変なことちゃうの? 最近出版業界も大変やって聞くけど」 「それはまぁ、ありがたい話やなぁ、と思うけど」 「あぁごめん、責めるつもりはなかったんやけど」 「ん? うん。責められてるつもりもないけど」 「ならええけど」 「あー、えぇお湯やった。あれ、キィちゃんおかえり~」風呂上がりで頬を桜色に染めた橙山が、とたとたと足音を鳴らしリビングへやってきた。 「ただいま」 「晩御飯食べた?」 「うん、出先で」 「そら良かった。お風呂空いたから入ってきたら?」橙山が冷蔵庫へ向かいながら、キイロに声をかける。 「そやな。誰も入る予定ないならそうするわ」キイロが言って、立ち上がる。 「帰ってきたばっかでごめんな、引き留めて」黒枝がキイロに謝ると、 「いや、大丈夫っす」キイロはこともなげに否定して、足元に置いていたバッグを持った。「部屋に荷物置いて、風呂入ってきます」 「うん、俺ももう寝ようかなー思ってるから、今度時間あったら一緒に飲もう」 「そうっすね。じゃあ」 「またなー」  手を振る黒枝に、お疲れっすと言葉をかけてキイロは二階へあがった。 「……意外~」キイロを見送って、黒枝が心の底から声をあげた。 「ん? なんの話?」ペットボトルを開栓して、橙山が首をかしげる。 「いや、カリンちゃんさぁ、よぉ一緒に住むん承諾したなぁって聞いたらさぁ」 「うん」 「“訳ありみたいやし別にええんやない?”みたいなことゆうてた」 「あぁ。最初はビビッて物理的に距離置いてたけどね」橙山が初対面の光景を思い出して笑う。 「そらそやろ。昔っから苦手やゆうてたやん」 「苦手やのに小説では女心が描写できたりすんねんもんな。プロってすごいよな」 「苦手な分、分析みたいのしたんちゃう? 理屈でなんとかしようとしそうやん」 「あー、しそう~」笑って、橙山が水を飲む。 「あと、“イノリのカノジョやし”って二回くらいゆってた」 「言い聞かせようとしてんねやない?」 「自分にはこぉへんやろってこと?」 「うん。いや、わからんけどね?」  黒枝が「うーん」と小さくうなると、玄関の方向から人影がやってきた。 「ただいまー」 「ただいま帰りました~」  散歩を終え、一緑と華鈴が帰宅の挨拶をする。 「おかえり~」橙山が返事して手を振った。 「あれ、風呂空いた?」一緑が橙山に聞くが、 「空いたけどもうすぐキィちゃん入るんやないかな? もしかしたらもう入ってるかも?」浴室の方向を見やる。  螺旋階段をおりてすぐ浴室に向かうなら、リビングからは見て取れない。 「あ、キィちゃん帰ってきたんやー。じゃあちょっと待つか」 「うん」一緑に言われて華鈴がうなずく。 「オレちょっと飲みなおそう思ってるから、キィちゃんとアオが出たら声かけるようにゆうとこか?」 「忘れへんかったらでいいからお願いしていい?」 「うん」明るく返答する橙山を横目に 「二人で一緒に入ったらええやん」黒枝が一緑と華鈴に言った。「そしたら片方空いたら足りるやろ」 「入れる広さではあるけどさぁ……」躊躇する一緑に 「邪魔も入らんし、ええんちゃう? しらんけど」黒枝がこともなさげな顔を見せる。  一緑が華鈴の反応を見ようと顔を覗き込むと、恥ずかしそうに顔を赤らめて首をゆっくり横に振った。 「……あれっ。これオレ、セクハラした?」黒枝が自分の顔を指さす。  華鈴が少し驚いて「いえっ、大丈夫です」首を横に振る。 「ならええけど……気ぃつけなあかんなぁ」誰に言うでもなく黒枝が申し訳なさそうに首筋をさすった。  少し困ったように笑いあう一緑と華鈴に、 「あ、二人ともおかえり~。お風呂空いたよ~」風呂から出てきた青砥が声をかけた。 「華鈴、先入っていいよ。俺あとでいいから」 「そう? じゃあ、早めにあがるようにするね」  華鈴は一緑に断りを入れ、皆にお辞儀をして部屋に戻る。 「ええこやな~」  黒枝がつぶやいた言葉に、 「そやねん」  一緑が嬉しそうにうなずいたのを見て、黒枝、橙山、青砥が微笑ましく笑った。
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