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Chapter.2
到着駅から徒歩十数分。一緑に案内されて、閑静な住宅街へ入る。
一軒家が立ち並ぶその一角、「あれ」と一緑が指さす方向に、大きな塀に囲まれた住宅が見えている。
塀のすぐ内側に木々が植えられていて、広い庭が敷地内にあるのだと遠目にもわかる。
歩いて近付くと、門柱に『ShareHouse AKANA』と刻まれた表札が掲げられていた。すぐ下にインターホンと郵便・新聞受けが並んでいる。
一緑が慣れた様子で門扉を開けて「どうぞ」華鈴を招き入れた。
都内とは思えない量の緑に囲まれた小道を進むと、二階建ての住居にたどり着く。
一緑はバッグからキーケースを取り出して、観音開きの扉の片側を開けた。
「ただいま~。眞人くん、おる~?」
一緑が室内に呼びかける。華鈴と二人、玄関口で佇んでいると、家の奥からドタドタと足音が近付いてきた。
「早かったな」
ぶっきらぼうに言ったのは、ジャージにTシャツ、カーディガン姿の小柄な男だった。前髪を下しているからか細身で小柄な体系だからか、服装も相まって見た目は高校生のようだ。
「そのコ?」
「うん、そう」
件の管理人だと察した華鈴は背筋を伸ばし
「初めまして、紗倉華鈴と申します」
自己紹介して頭を下げた。
「どうも、赤菜です」赤菜は右手をひょいと上げて挨拶をすると、「あがって~」言い残して家の中へ消えていく。
「ごめんな、ぶっきらぼうで。いつもやし気にせんとって」一緑が苦笑する。
「うん、大丈夫」
華鈴が笑顔でうなずいたのを確認して、どうぞと促す。
「おじゃまします」
小さく言って、華鈴が一緑のあとに着いていく。
案内されたのはリビングだった。
フローリングの床に置かれたガラステーブルを、白いソファがコの字に囲んでいる。
庭へ出るための窓からは太陽光が射し込み、フローリングに木陰を作る。床まで伸びたレースのカーテンは風に流され緩やかにはためき、床に落ちた影が波打ち際のようにゆらめく。
先にソファへ着席していた赤菜が、「好きなとこ座って~」空いているソファの座面を手で指し示した。
赤菜の斜め向かい側に一緑が、その隣に華鈴が座る。
一緑が小さく咳ばらいをして切り出す。「それで、早速なんやけど」
「ええよ」
「へっ?」前置き段階で承諾された一緑が、気の抜けた声を出した。
「ええよ別に。事情は電話で聞いたし、二度も説明いらんし」
「ほんま?」
「おん」
「あっでも、キィちゃん大丈夫かな」
「キイロは慣れさしたらええやろ。別にここも女性の入居禁止にしてるわけやないし。なんでか男しか集まらんかっただけで」
「わー! 嬉しい! ありがとう!」
一緑はその承諾を、自分のことのように喜んだ。
華鈴も隣で安心した笑顔を見せて「ありがとうございます」座ったまま、深くお辞儀する。
「ま、なんかあっても知らんけどな」赤菜は顎髭をいじりながら、ニヤリと意味ありげに笑った。
「なんもさせへんよ。あほか」
一緑がむくれて反論するが、
「あと、別にシテもええけど、迷惑だけはかけんとってな」
赤菜はなおもニヤニヤしながら顎髭をいじり続ける。
「なにをよ」
「男と女が一緒に住むゆうたら、一個しかないやろ」
「せぇへんよ! なにゆうてんの! セクハラやで」
意味に気付いた一緑が強く否定した。
横で華鈴も苦笑する。
「わかったわかった。一緑の部屋でだけにしとくならこっちも譲歩するわ」
「なんもわかってへんやん」一緑がわかりやすくため息をつく。
赤菜はおかしそうにニヤニヤして足を組み替えた。「あー、おもろ」
「もー、さいあくやー」
顔をゆがめてうなだれる一緑を、華鈴が見つめた。普段見ることがない表情で、華鈴には新鮮に映る。
思わずふふっと微笑むと、
「彼女のほうは寛大やんけ」
赤菜が笑って一緑に言った。
「いや、うん、そやねんけどさぁ……」うつむいた一緑が「うぉっ」と小さく叫んだ。
華鈴もガラステーブルのほうへ目線を移して、
「!!」
言葉が喉から出かかって、詰まった。
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