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Chapter.22
遊園地を満喫した二人は、併設された温泉施設へ入る。男湯と女湯がわかれていて一緒に入ることができないから、浴場とは別の階にある共用ラウンジで落ち合うことにした。
受付を終え華鈴と別れた一緑は、一人で湯につかる。まだ早い時間だからか、入浴客もまばらで心置きなくくつろげる。
華鈴が選んだアトラクションは絶叫マシンが多く、高所恐怖症かつアラサーの一緑にはハードだったけれど、華鈴の様々な表情を見ることができて満足だった。
広い湯船の中で手足を伸ばす。思っていた以上に力が入っていたらしく、身体がほぐれていくのがわかる。
(あー、帰るんめんどいなー)
確か近くにホテルあるよな。たまには二人きりでゆっくりしたいし誘ってみよかな。などと考えながら湯につかっていると、この上ない幸福感が沸き上がって来た。
* * *
待ち合わせのラウンジに向かい周囲を見渡すが華鈴の姿はない。自分のほうが早く入浴を終えるだろうと予想していたから、特に焦りはしない。
フラットタイプのソファに横たわり、スマホを操作しながら華鈴を待つ。調べているのは、先ほど思い浮かべていたホテルだ。
宿泊プランや価格など、宿泊を前提に公式サイトを見ていると
「一緑くん」
足元で華鈴が小さく手を振っていた。館内着の赤いワンピースが良く似合っていてかわいらしい。
「ん」両手を広げて迎え入れようとする一緑に
「人がいるからダメです」軽いしかめっ面を見せて、足元に座った。
ここが二人きりの空間なら、足を絡みつかせて引き寄せているところだが、また同じように叱られるかと思い、やめた。
(やっぱ、誰にも邪魔されんとイチャイチャしたいなー)
赤菜邸では自室にいても、同居人の存在が気になり思う存分に二人の時間を堪能することができずにいて、密かにそれがストレスだったりもする。
「なー華鈴~」
「んー?」
「明日ってなんか予定ある~?」
「んーん? 特にないけど……」
「じゃあさ、近くにホテルあるやん? 一泊せぇへん?」
「え…でも……」
嫌そうではないものの、躊躇していることに変わりはなくて……。
「なんか気になる?」
起き上がって、華鈴に問う。
「え、と……宿泊代とか……」
「今日はお祝いやねんから、全部出すよ?」
「そんなに安いわけじゃないでしょ?」
「一応、それなりに稼いでるんで」
冗談めかして言う一緑に、華鈴は少し笑って、また少しうつむく。
「あとは?」
まだ少し困り顔の華鈴を促すように、座面についた手を取り、繋いで聞いた。
「……心の……準備が……」
小さく言って視線をさまよわせ、赤くなった顔をそむけた。
(やっば、かっわいー)
「ちょっと待ってて?」
一緑は華鈴を残して、スマホを持ったまま移動した。少し離れたところでスマホを操作し、電話をかける。
残された華鈴はその真意がわからずソファの端にぽつんと座り、まだ少し困ったような不安顔で一緑の背中を見つめている。
通話を終えた一緑が笑顔で華鈴の隣に座り、華鈴の手を取った。「予約取れたから、メシ食ったらチェックインしに行こー」
「……えっ? ほんとに?」
「うん」
「でも着替えとか持ってきてないよ?」
「この辺に洋服屋あるやろ。そこで買ってったらええよ。下着は難しいかもやけど」
「えっ、でも、おうちのごはんも……」
「みんなええオトナなんやから自分らでなんとかするって。今日帰らんって連絡は誰かに入れとくから、心配いらんよ」
「明日お仕事は?」
「え? 明日土曜やから休みやけど」
「あ…そっか……」
それ以上言葉が見つからなくなって、華鈴は黙ってしまう。
「……別に、嫌やったら俺一人で泊まってくけど……」
「イヤじゃないよっ」慌てた華鈴が顔を上げる。「でも、急だし、申し訳なくて……」
またうつむいてしまった華鈴の姿を見た一緑は少し困ったように笑った。そして華鈴をそっと抱き寄せて「――――」耳元でささやいた。
身体を離すと、華鈴は耳まで赤く染めて、困ったように照れている。
「…俺のわがまま、聞いてくれる?」
優しく微笑む一緑に、華鈴は小さくうなずいて見せた。
「良かった。安心したらおなかすいちゃった。ごはん食べに行こ」一緑はようやっと破顔した。「あ。今日の夜と明日の朝はホテル食な」
「うん」華鈴も笑顔を見せて、ようやくいつもの態度に戻った。
「ここもいくつかお店あるんやっけ?」
「そうみたい。あっちにフロアマップあったよ」
「お、じゃあ見に行こー」
二人で手を繋ぎ、移動する。
華鈴の耳はまだ赤みが引いていなくて、どこか照れくさそうで、そこがまた愛おしい。
それを見つめる一緑の頭の中は、ホテル泊のことでいっぱいだった。
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