Chapter.9

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Chapter.9

「ごっそさんでしたー」  食べ終えた住人が口々に言い、各々が食器を片付け自由行動に移る。  赤菜と紫苑、橙山はソファにもたれてくつろぎ、キイロは「仕事があるから」と皆に告げて、自室へ戻っていった。 「ゆっくり食べてええからね」  一緑も早々に食べ終え、食後のコーヒーを飲みながら目の前の華鈴に優しく言う。 「うん」  二人で食事をするとき、決まって交わされる言葉だが、 「おれがおるときは焦らんで大丈夫やで~」青砥が呼びかけた。 「アオもゆっくり食べるよな」  華鈴の前で頬杖をつきながら、一緑が言う。 「よぉ噛まんと~」 「けどさー」ソファでくつろいでいた橙山が会話に加わる。「男ばっかやとメシ食うの早くなるんよなー」 「消化悪いんよなー」一緑も顔をしかめる。 「そんで、呑んでるときはダラダラ食いになるんよなー。太るよな~!」嫌そうに言って嬉しそうな顔をする複雑な心境の橙山に 「別に?」 「オレむしろ太りたい」  赤菜と紫苑が異論を唱えた。 「そらみんな痩せてるからさぁ~」橙山はソファにうなだれかかり、「なぁいのりん~」助けを求めるようにダイニングテーブルのほうを見る。 「俺最近気を付けてるし、一緒にせんとって」 「えー? なんでよ~。体質一緒やろ~」一緑の答えに橙山はしょんぼりして「なんでクロちんいてへんねやろ」口を尖らせうなだれた。  “クロ”も赤菜邸の住人だが、いまは仕事で不在にしている。橙山や一緑と同じく、普段から太りやすい体質をなげく仲間だった。 「クロも最近太らんようになってきたゆうてたで」紫苑の追い打ちに 「うそやん!」橙山がソファの背もたれから飛び起きた。 「写真送ってきたよ。あったかな」紫苑がジーンズの尻ポケットからスマホを取り出し操作し「あったあった、ほれ」と橙山に画面を見せる。 「うわ! ほんまや! 腹筋できてるやん! わぁ~、オレらだけになってもうたで~」一緑に言うも 「やから一緒にせんといてって」一緑は橙山を無下にあしらう。 「なによーいのりん、なんでそんなに冷たいのよ、さみしいやん」 「知らんて。俺も必死で改善してんねやから一緒にせんとってよ」 「も~、なによ~。カリンちゃん、キミの彼氏冷たない? なんで付きおうてんの~?」 「矛先(ほこさき)を華鈴に向けんとってよ、関係ないでしょ」 「ゆっくり食べさせてあげたら? カリンちゃん困っちゃうでしょ」間に挟まれ二人の会話を聞いていた青砥が、食事を終え水を飲む。 「あぁ、そうよね」 「ごめん~」  一緑と橙山が口々に言う。 「いえ、ありがとうございます。もう食べ終わったので、大丈夫です」  ティッシュで口を押えながら華鈴が答えた。 「そら良かったわ」橙山が安心した。  青砥は顔の前で手を合わせ「ごちそうさま」小さく頭を下げて続ける。「男所帯で気ぃ効くやつおらんくてごめんなぁ」  それを受けた華鈴が首を横に振り、「ありがとうございます、大丈夫です」笑顔を見せた。 「えっ、否定せぇへんの?」  そう言う一緑に華鈴が微笑みかけ、なにも言わずに席を立ち、使い終えた食器を持ってキッチンへ向かった。 「えっ、ちょっと、なんか言うてよ」 「わはー、同居初日で愛想つかされたなぁ」  その光景を見ていた橙山が楽しそうに笑う。 「もー、お前のせいやってぇ~!」  橙山に食って掛かる一緑の声を背に華鈴がキッチンへ到着すると、同じように食器を持った青砥もやってきた。 「カリンちゃんといのり、仲ええんやね」 「そうですね」青砥の言葉に華鈴が笑う。「一緑くん、トウヤマさんとはいつもあんな感じなんですか?」 「そうやね~。二人でくだらんこと言い合ってきゃっきゃしてるかな~」  使い捨ての食器を水洗いしながら青砥が笑う。 「意外やった?」 「そうですね…でも……」背後から聞こえる一緑と橙山のやりとりに耳を傾けながら「楽しそうで、なによりです」華鈴が微笑む。 「そっか。なら良かった」  隣で青砥が同じように微笑む。 「意外な伏兵やな」冷蔵庫から飲み物を取り出した赤菜が、口角を上げ唐突に言った。 「ん? なんの話?」  青砥の問いに、赤菜が答える代わりに肩を思い切りはたいた。  ぱーん、と乾いた音がして「いったぁ~!」青砥が肩を押さえる。  隣で見ていた華鈴が目を丸くした。 「え? なに?」 「なに?」 「なに?」  ソファに移動して橙山ときゃっきゃしていた一緑が、橙山と交互に言いキッチンを見やる。  そのかたわらで紫苑はいぶかしげに顔をしかめていた。 「なんでもない。蚊が止まってたんや」  赤菜が言い放ち、リビングからの目線をシッシと手で払う。 「赤菜くん、チカラ強い~!」肩をおさえ、目に薄く涙を浮かべながら赤菜の背中に訴えるも……「無視ぃ~?!」赤菜は知らぬ顔でリビングへ戻った。 「ちょっと、あんまり荒っぽいとこ見せんとってよ」  一緑の訴えに 「取り繕ったっていずれこうなるんやから、初日から慣れさせたほうがええやろ」ペットボトルのキャップをあけながら赤菜が告げる。「長くおるんかすぐ出ていくんか知らんけど、この先塚森とどうこうなるんやったら、ここの連中にも慣れといたほうがええやろし」 「せやせや。赤菜さんたまにはええこと言うわ」紫苑が援護するも 「たまには余計や」赤菜は不満げに顔をしかめる。 「赤菜くんは取り繕うんが苦手なだけでしょ~? 暴力はいかんよ~」  使い捨ての食器類をまとめ終え、肩をおさえたままの青砥と華鈴がリビングに戻る。 「せやせや。暴力はいかん」紫苑は先ほどと同じ口調でうなずく。 「お前どっちの味方やねん」 「オレは正しいこと言う人の味方や」 「なにを中立の立場とってんねん、お前も暴力的(こっちがわ)やろ」 「オレは暴力ふるわんもん」 「しぃちゃんは紳士的やもんな~?」橙山が首をかしげて同意を求める。 「こいつのがヒトのことバシバシ叩くし暴言も吐くやろ」赤菜が鼻にシワを寄せるが 「あれは、ツッコミ」紫苑は一言一言、置くように告げる。 「ものは言いようやな」赤菜が苦笑した。 「みんな集まるといっつもこんな感じやから、あんまり気にせんとってね~」 「はい」青砥の気遣いに華鈴が小さく笑ってうなずく。  ソファへやってきた華鈴を一緑が手で呼んで、空いている自分の隣に座るように促す。歩み寄って座る華鈴を見て、一緑が嬉しそうに微笑んだ。 「サクラさんはどういった経緯でここ来たの?」 「姉と同居してたんですけど、お付き合いされている方と一緒に住むって話になったそうで、無理言ってこさせていただきました」 「誘ったん俺なんやしええのよ」一緑のフォローに 「そやそや、無理言ったん一緑やろ。こいつけっこう強引やし、言い出したら聞かんしなぁ」紫苑が言う。 「いのりんは意外にわがままよね~」橙山はどこか嬉しそうだ。 「まぁ、それでええけど」  一緑は抵抗もせずに、静かに苦笑した。 「もうイエんなか案内終わったの?」青砥の問いに 「うん、部屋は」一緑が答える。「あとなんか教えてないことあったっけ? 洗濯機の使い方~はわかるか」 「うーん、たぶん?」 「服とかほったらかしにしといたらダメよ~。人間、魔がさすってこともあるからね~」  青砥が穏やかに注意喚起すると、華鈴は微笑みながらうなずいた。 「…ま、内部犯行やったらすぐ特定できるけど」  一緑は赤菜をチラッと見ながら言う。 「おいっ」 「さすがにやらんと思うけど、抑止のためにこまめに回収してね。乾燥機の中とか、忘れやすいからさ」 「放置しないように気を付けます」 「うん。じゃあ、細かい使い方は実際使うときに教えるわ」 「うん、お願いします」 「設備類は男と共同がイヤやなかったら好きに使こて」管理人の顔をして、赤菜が言った。「ただ、コイツらにも言うてんねんけど、使い終わったらある程度はキレイにしといてな」  華鈴は素直に「はい」とうなずくが、住人達は「珍しくまともなことゆうてる」とコソコソわかりやすく陰口を叩いている。 「俺かてマトモなことくらい言うわ。馬鹿にすんなよ」  ヒトのことをなんやと思てんねん――赤菜はブツブツ言いながら住人たちをにらみつけた。 「なんやかやゆうて管理人の仕事もちゃんとしてるから、そこは心配せんで大丈夫よ」紫苑がおばちゃんのような口調でフォローを入れる。「あっこの壁にかけてあるスケジュールボードとかここんちのルールも、赤菜さんが作ったし。なぁ」 「作らんと俺が困る時があったんや」 「そや、あれの説明してへんわ。華鈴の欄も作っていい?」 「勝手にしたらええわ。なんかやらかさん限り自由にして~」さして関心なさげに言って、赤菜が立ち上がった。「そろそろ部屋戻るわ。眠たなった」 「食って寝て、子供やな」橙山が楽しそうに言って、 「お前もそんなんやろ」赤菜に言い返される。 「みんな仕事の時間バラバラやから、こんなに集まることもあんまりないけど、そろったときはよろしくね~」青砥が穏やかに笑いかけると、 「こちらこそ、よろしくお願いします」笑顔を見せ、華鈴が頭を下げた。  みなはそれをにこやかに受け入れ、穏やかにうなずいた。
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