魔法基礎

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『ええと、君、名前は?』 「橘です。橘透(たちばなとおる)」 マイク無しでもよく通る声だった。櫻田は彼女の名だけは知っている。 『ああ、あの新入生代表の』 新入生代表。それは入試の成績トップから選ばれた、入学式で挨拶するはずだった存在だ。ただ残念な事に爆弾騒ぎから、今年の入学式の挨拶など省いてしまう事になってしまった。 だから生徒達はようやく彼女がこの難関校の成績トップであることを知って、わずかにざわめいた。 『それで何? 君はきっと優秀だから、よその学校に行きたいという話かな?』 「櫻田先生のお話はもう私達には済んだ話です。だって、私も両親や先生方に散々言われ続けて来たことなのですから」 櫻田はその反論に興味を持つ。普通の親や教師なら、難関である百花に合格しただけで子供や生徒を褒めちぎるだろう。その者が優秀だという証なのだから。 しかしこの橘という女子生徒は百花という進路を反対されていた。おそらくは、彼女が優秀すぎるためだ。 「きっと皆さん反対されたのだと思います。しかし私達はここにいる。百花を、魔法使いという進路を選んだんです。櫻田先生はきっと、悪役ぶってはいますが両親のように私達を心配なさっているのでしょう。だけど私達は後悔しません」 前向きすぎる橘の言葉に櫻田は天敵と出くわしたように息を飲んだ。さっきからの櫻田のネガティブな話は、少しでも魔法に夢見る生徒を減らしたいためのものだ。それだけなのに生徒の将来を心配しているととられてしまった。これでは爆弾テロと同じ展開で、普通にしたことを異様に持ち上げられてしまう。 「ここで迷うような生徒は最初からいないと思います。ここにいるのは魔法使いになりたくて来た生徒ばかりなのですから」 真っ直ぐに前を向いてはっきり言う橘。しかし彼女の後ろにいる生徒達はひそひそと話し、困惑した様子だった。 『俺は試しに百花受けたら受かったから来ただけだし』『百花出ただけで稼げるもんね』『私はファンタジー小説の聖地巡礼感覚なんだけど』『親も先生も反対なんてしなかったよ』 ひそひそはそんな言葉ばかりだった。つまり橘の言葉は生徒の心を代弁したものではない。純粋に百花で学びたくてやってきたのは、もしかしたら橘だけなのかもしれない。 『静かに。橘、覚悟があるなら結構なことだ。けれど人の考えは簡単に変わる。そして変わってもいい。というか、人は成長するものなのだから変わってくれないと困る』 「……はい」 『あまり自分や他者を決めつけすぎないように。自分が生きづらくなるだけだぞ』
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