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「あー、そういうこともあるから。魔力は日によるし、精神状態や体調にも影響される。別に一時的な魔力低下で合格取り消したりとかしないし」
「よ、よかったぁ」
櫻田がめんどくさそうにフォローをすれば、橘は途端に笑顔になる。忙しい表情筋の子だと櫻田は思いながら、彼女にマイクを渡した。
『橘透です。夢は魔法を使える総理大臣になることです!』
笑顔になった橘はそのまま弾んだ声で言った。
ネタか、とその場にいる者達は思う。自己紹介できさくな印象を与えようと笑いに走る者も少なくはない。しかし総理大臣では笑いになると思えないし、成績優秀らしい橘がネタに走る必要はない。
そして生徒達の中には『ねえ、橘って昔総理大臣やってたあの橘じゃない?』というささやく声がところどころでしていた。彼女が笑いに走ったわけでもなさそうだ。
それからも自己紹介があったのだが、誰も藤崎や橘より記憶に残るような生徒はいなかった。
■■■
慌しい朝の職員室、櫻田だけはのんびりと茶をすすっていた。
「さ、櫻田先生。数学課題の印刷、終わりました……!」
魔法基礎の助手を務める菊池ナナは、疲れた様子で用紙を櫻田に提出した。おろしたてのスーツも長いまとめ髪も朝なのにくたびれて見える。
菊池の担当は未来予知であるが、その能力が使える生徒は数少ない。教えられる相手が少なく暇な時間が多すぎるため櫻田の補佐をすることになっている。
しかしまさか魔力増強の授業準備として、数字をひたすら眺めることになるとは思わない。
「お疲れ様。けどこれ、数学じゃなくて算数な。小六でも解ける問題なんだから。中学受験用だから手強くはあるが」
「……これって魔法基礎の、魔力増強のための授業なんですよね? なぜ数学、じゃなくて算数の問題を?」
まさか魔力には数学が必要、という話でもないだろう。それならレベルを下げた小学校レベルの問題である必要はないし、魔法学校にも数学の授業は用意されているのでそこでやればいい話だ。
「菊池先生、魔力増強トレーニングしたことは?」
「ないです。あ、でも肉食禁止とか水垢離とかは親に言われてしてましたけど、国に保護されてからはそんなこと言われてないし、今じゃお肉もお酒も飲んでます。能力は変わりません」
「肉食禁止に水垢離か。それも効く人には効くとは思う。でも万人向けじゃない」
きっと菊池は何もせず一定以上の魔力を持っているのだろう。もしくは何かが自然とトレーニングになっているかもしれないが、その自覚がない。
「要は『できるかもしれないしできないかもしれない』って事をさせるのが目的なんだ。中学受験の問題はそれにぴったりってだけで。ちなみに明日はテニスコートが空いてるのでテニスをする。体操服を忘れないよう生徒に通知しといてください」
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