麗しの皇子は鉄壁の護衛をお望みです

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「フォルカー……?」  小さな紅い果実のような唇から零れた音が自分の名だと気付くのに、フォルカーは一呼吸以上の時間がかかった。身体の下にある細い肢体を眺めることに全神経が集中していた。  すらりとした健康的な身体だ。肌は白く陶磁器のように滑らかでいて、触れればしっとりと馴染む。大人のように成長していながらもまだ子供のような肌と言えばいいのか。この時期の少年だけがもつアンバランスな美しさと言うべきか。  力任せに投げ飛ばされて、黒く長い髪が寝台の上に散らばる。少年は、怯えも動揺も見せなかった。子犬のような黒曜石の瞳に無表情のフォルカーの姿が映しているだけだ。 「いつでも誰でも誘うような真似をされると、我ら護衛が困るのです」  少年の瞳の中に映るフォルカーは、凍えるような冷たい目をしていた。元々冬の空のような青色だ。金色の髪は少年には馴染みがないのか時折興味深そうに見られていることがある。  フォルカーは護衛として少年の行動を諫めるために苦言を呈する。 「そうは言っても無理なものは無理だ。夜毎火照り、疼く身体を誰かに慰めてもらいたいと願うのは私のせいだけではないよ、護衛殿」  大国ルーウェイの第五皇子でありながら、贈り物として後宮に納められるはずだったシランの身の上に同情している。生まれに振りまわされてきたのはフォルカーとて同じだからだ。だが、彼をとりまく状況は変わった。納められる後宮がマルク王国には既になかったのだ。変わらねばならないのに、頑なに自分を貶めているシランを許せない気持ちが膨らんでいく。 「あなたは変わるべきです」  何度言ったかわからない忠告をしつこく繰り返すことしかできない自分に些(いささ)かげんなりしながらフォルカーは見下ろす。 「フフッ、堅物の護衛殿は側にいるのが辛いのではないか? 私を嫌う王太子様に願えば良い。私に護衛などいらないよ」  シランは目を細め妖艶に笑った。覆い被さるような際どい体勢をしたフォルカーの穿くトラウザーズをゆっくりと撫であげる。その手を、ため息と共に拘束した。  小さな手だ。騎士のフォルカーが力を入れれば、ポキンと折れそうな細い指。その手の平にフッと息を吹きかけ、舌を中央のくぼみから指に向けて滑らせると、シランは目を瞑って身動いだ。 「確かにこれほど敏感な身体では持てあますでしょうね」  フッと息を上げたシランの目の横がうっすらと血の気で染まる。これが愛しい人であったなら、今すぐにでも敷いた身体を蹂躙したくなるほどの可憐さだ。  手の平は神聖なもの。何故そんな場所を舐めたのかこの時のフォルカーは無意識だった。シランもまた無知であった。  シランの歳は十七。フォルカーも覚えがあるが性欲の盛んな年頃だ。シランに対しては、可哀想だと思う憐れみの心と、立場上覚える呆れが大半で特に情はなかった。 「ふ……っ、やっとその気になったのか――」  頬を撫で下唇を人差し指で押し上げると、シランは自分の誘いを断り続けた護衛に勝ち誇ったような笑みを向けた。フォルカーは上着の留め具を丁寧に外しはじめた細い指を止めて、顔を横に振った。 「外さなくてよろしい。陛下に命じられたのです。シラン様の治療をせよと――。でなければ……」  フォルカーが護衛を引き受けることになったのには裏がある。シランがこちらの思惑以上に災いの目となるのなら、病気に見せかけて殺せと命じられている。カーゼル王太子に反逆の意をもつ勢力になびけば、間諜とされるか、もしくは殺されるのだ。命じられているのが自分だけだとフォルカーは思っていない。つけられている優秀な侍女、教師、そして護衛である自分。身を護る術をもたないシランなど意のままに操られ、あっという間に死ぬだろう。  何も知らされていないシランの行動は、目隠ししたままの綱渡りのようだ。  できるなら穏やかに生きて欲しいと思う位には同情をしているのだ。 「治療……。そうか――」 「そう、これは治療です。医者は服を脱ぐ必要はないでしょう?」  シランの目には感情らしきものは見えなかった。妖艶な雌猫のように目を細め、唇に蠱惑な笑みを浮かべただけだった。 「この国の護衛は優秀だな。命じられればそんなことまでするのか」  シランは進んでフォルカーが衣服を脱がせるのを手伝った。ルーウェイの服は薄くて軽いが、高貴なものほど重ねて着込むので脱がせるのは面倒なのだ。 「主君の命令とあらば……」   フォルカーはリオン王に「食っても構わん」と言われていたが、そんなことをするつもりなどなかった。これは治療だと思いながらシランの肌に触れる。 「そうか――」
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