4人が本棚に入れています
本棚に追加
「誰?」
私は鼻を啜りながら言うと、男が呆れたようにため息を吐き、「バカじゃねぇの?」言う。私は目を見開き、それから「は?」と言うと、立ち上がる。はらりと背中に掛かった何かが砂浜に落っこちた。見ると、真っ白でふわふわな毛布だった。
私はそれを拾うと、男を見る。男は「落とすな」と乱暴に言うと、ため息を吐いた。
「何これ」
「見りゃ分かるだろ、毛布だよ、毛布。そんなのもお前は分からないのか? 本当にバカだな」
「バカ、バカ、言わないでくれます? 会ったばかりなのに失礼じゃない?」
私は半分キレ気味で言うと、男が嘲笑して、それから「お前、誰にものを言ってる?」と言う。顔はすっかり私をバカにしたような顔だ。見てると、ぶん殴りたくなる。
すると、びしゃっと背中に冷たい何かがかかる。
「冷たっ!」
私は後ろを振り返ると、誰もいない。目の前に立つ男は嘲笑いながら、「俺にそんなこと言うから」と言った。背中を触ると、濡れている。
「水……?」
私はけらけら笑い続ける男を一睨みすると、男が「また水ぶっかけてやろうか?」と言う。
「あんたがやったの?」
「ほら」
すると、また水がびしゃっと背中に掛かり、私は何が起こっているのかが分からないといった戸惑いの様子を浮かべる。男はけらけら笑いながら、「お前、哀れだな」と言った。その顔、非常にぶん殴りたい。
「毎年、毎年、めそめそしながら来るんじゃねぇよ。こっちは迷惑なんだっつうの」
「は? あんたになんか毎年会ってないし。ていうか誰よ?」
「お前ごときに名乗るような者じゃない」
「喧嘩売ってる? いい値で買うけど?」
「お前ごときが勝てる相手でもない」
そう言うと、また背中に水が掛かる。今度は頭にまで掛かった。全身が冷えた温度に襲われる。寒い。すごく寒い。
男はまたけらけら笑い、私は感情の蓋が外れないように、深呼吸をすると、体を白い毛布で拭く。あれほどふわふわしていた毛布は、すっかり萎れてしまった。
「おい、それタオルじゃねぇぞ」
「分かってるわ、そんなの」
「勝手に使うんじゃねぇよ」
「あんたがくれたんでしょ!?」
「あげてない。貸しただけだ」
「面倒くさいな!!」
私は男に向かって濡れた毛布を投げつけると、男が「てめぇ、水まだぶっかけられたいのか?」と睨みながら言った。手元を見ると、あれほど萎れていたはずの毛布はすっかり元通りのふわふわな毛並みになっていた。
私は目をまん丸にして、男の顔を見ると、男が「じろじろ見るんじゃねぇ」と言う。
「あんた、何者……?」
「だからお前ごときに名乗るような者じゃねぇ」
「あ゛?」
男は舌打ちをすると、私は「今、舌打ちした?」と睨みながら言う。男は惚けた顔で「は?」と言うと、毛布を手元でくるくると回す。
「もうお前、ここに来るな」
「は? 何で」
「鬱陶しいから」
「はぁ?」
男はまたため息を吐くと、私の額に人差し指にコツコツと当てる。
「めそめそ泣いてる暇あるなら、少しは長く付き合えるように努力しろ。こっちはせっかく鬱陶しい観光客から解放されたんだ。人間は黙って冬を家で過ごしやがれ。ここにはもう二度と来るな。来るなら夏にしろ」
「言ってる意味が分からないんだけど。ていうか、手! 止めろ!」
私は男の手を叩くと、男が「あ゛?」と言い、「お前、いい度胸してるな」と言って鼻で笑った。
「とにかく、俺のせっかくの休暇をお前なんかに一秒たりとも潰されたくねぇんだよ。とっとと帰れ」
すると、急に体が温かくなり、私は服を見ると、乾いている。あれほど濡れていた背中も、髪も、ジーパンも、何事もなかったかのように乾いていた。
私は男を見ると、いない。
「あれ?」
辺りを見回すも、いない。
「……夢?」
私は首を傾げると、その不思議な出来事に怪訝な顔を浮かべた。
私は冬の海を数秒間見つめ、それから背を向けて、砂浜をゆっくりと歩き出す。その瞬間、コツっと頭に何か固いものがぶつかった。
「痛っ」
私は頭を擦りながら振り返ると、砂浜には赤色の缶コーヒーが落ちている。拾ってみると、中身は空だ。真っ赤なボディはべこべこになっていて、すっかり色あせている。
私は顔を引きつらせ、辺りを勢いよく見渡した。誰もいない。
ただ見えるのは、嘲笑っているような冬の海だけ。
最初のコメントを投稿しよう!