タブラ=ラサの心は壊れない

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✱ エルフが話し言葉を習得しても彼らの生活は変わらない。しかし、少しずつ、何かが変わり始めていた。 少年の部屋に花瓶が置かれるようになった。 用意するのはエルフ。 屋敷にある広い庭から花を選び、少年に見せるのだ。 「今日は向日葵を取ってきたよ。花言葉は憧れ」 「わぁ、とても大きくて、綺麗だなぁ… 憧れか…僕も外に出てみたいな…」 花瓶の向日葵を整えていたエルフは少年に近付き、その小さな手を両手で握りしめた。 「坊ちゃん、外に出たい時は何時でも言ってください。私が責任をもって、坊ちゃんを見守るから…」 少年は泣きそうな笑顔を浮かべた。 1度だけ、エルフは少年を外に連れ出したことがある。様々な花が咲き乱れる屋敷の庭を見せてあげたかったのだ。 しかし、多量に吸い込んだ花粉のせいで少年は体調を崩してしまった。 当主の許可も取っていなかったこともあって、エルフは厳重注意を受けていた。 それを少年は知っているからこそ、容易に外に出たいと言えなかった。 それでも「いつでも外に連れ出す」と言ったエルフの決意が、優しさが、少年の心に染み渡った。 その日、少年は体調を崩した。 最近少し成長したおかげか、比較的落ち着いていたのだが、この日を境に布団に伏せる日々が続くこととなった。 他のロボット達には気になることがあった。 どうにも、エルフの様子が「変」なのである。 調子が悪く、寝込んでいる主人を看病するのはお付きのロボットとして当然のことである。 しかし、何かが自分達と「違う」のだ。 「エルフ、何をしているのですか?」 お庭の花をせっせと花瓶に挿していくエルフにとあるロボットが問いかけた。 「見ての通りです。花を用意しているのです」 「なぜそのようなことを?床に伏せっておいでで見えないでしょう」 そのロボットには、主から見えないものをなぜ用意するのか、その意味が分からなかったのだ。 「見えなくても、坊ちゃんが早く良くなるようにお祈りをするのです。気休めにしかなりませんが…」 そう言って嬉しそうに花瓶に向かうエルフを、そのロボットは首を傾げて見ていた。 少年の父親である当主は頭を抱えていた。 ロボットやその他の使用人達から聞いた話に、どう対処するものかと。 話を聞く限り、明らかに息子に付けたロボットは「ロボットの枠を超えている」。 しかしそれは非常にマズいのだ。 ーロボットは「モノ」でなければならないー そうではないと、社会の倫理観が狂ってしまう。 「感情を持ってしまったロボット」が出てきたとなれば…… 想像しただけで当主は身震いした。 息子が大切にしているロボットだからこそ、容易に引き離すことが出来ない。 使用人達には誤魔化したり、信頼出来る者には口止めもしている。 だが時間の問題だ。 なぜこうなったのか、きっかけは話し言葉を習得するとか言ったあの辺りだろう。 なぜあの時あれを止めなかったのだろうか。 悔やんでも仕方がない。 何か、方法はないか… 何か、全てが丸く収まる、それか最小限のダメージで済む方法がないか…… ✱ 少年が回復する様子はなかった。 エルフは看病をしながらよく分からない胸の痛みに苦しんでいた。 この締め付けられるような痛みは何なのか… ロボットにはある程度の異常を自分で見つけ、修復する技術がある。 それをもってしても、この痛みの原因は分からなかった。 「なぜ……なぜこんなにも、胸が苦しいのだろうか…」 そう呟くと、荒い息をしている少年の手が、弱々しくエルフの手を掴んだ。 「っ?!坊ちゃん?!」 エルフは少年の手を握り締めた。 胸の痛みが、少し和らいだ気がした。 「エ…ルフ……変な顔…してるよ?」 少年がエルフを見ながら弱々しく笑みを浮かべた。 「私が…?私はいつも通りだと…」 「泣き…そうな顔…してる…」 「泣きそう?泣くというのは……私は…悲しい…?」 「ふふっ…エルフも、まだまだ…だね」 「まだまだ…?私は坊ちゃんより物知りですよ?」 「そうだね…だけど、エルフは、人間でいう…小学生、だよ?」 「小学生…ですか?理解に苦しむけれど、坊ちゃんがそう言うということは、私は小学生なのかな」 「うん…まだ僕が…たくさん教えてあげないと、いけない…のに…」 そう言うやいなや、少年の意識は再び闇に落ちてしまった。 「ええ、まだ私は坊ちゃんに…教えて貰いたいことがたくさんある。 だからどうか、どうか元気になって…」 (→)
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