ランブル

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  「なんだ!」 「目薬()してー」 「はあ!?」 「俺、自分で点せなくて。いつもはショーコがやってくれるんだけど」  真惟は花粉とか猫とかのほか、砂埃やハウスダストでアレルギーが出る。だから野球やサッカーじゃなくてバスケを始めたんだって聞いた事がある。そうか、それもあって掃除が行き届いてるのかも知れない。いや、そうじゃなくて。  俺の太腿の上で目をぎゅっと瞑り、指先で点眼薬を差し出している真惟は死ぬほど可愛い。つーかそんな力いっぱい瞑ってたら目薬なんか点せんだろーが。 「なに、こじ開けていいのか」 「ショーコはそうする」 「せめてもうちょい力抜け」 「怖い〜〜〜」  左の親指と人差し指で他人の上下の瞼を押し広げる行為はこっちもなかなかに怖い。が、やるからには命中させねばならない。 「“あ──” って言ってみ」 「あ───……ぁッ……!」  真惟の『ぁッ…』が腰骨に響く気がしたけど、まだ左目が残っている。俺は精一杯の理性を保ちながら再度点眼に注力した。  両眼点し終わっても目を瞑ったままの真惟を見下ろしながら、滲んだ目薬が涙みたいだって思っていた。思わず髪を撫でそうになる手を彷徨わせながら、太腿にじんわりと伝わる真惟の体温と重みに酷く安心する俺も居た。  真惟は気の毒な亀の事を一言も口にしなかった。  でもそれっきり、田圃の間の通学路は利用しなくなった。  卒業式のその日まで、俺らは毎日遠回りになる住宅街のルートをしょうもない話をしながら歩いて帰った。
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