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いくら何でも不注意過ぎやしないか?
コイツ、研究職でしかも一応はαだよな?
俺は目下、熱病の発作にも等しい状態に陥っている門倉を見下ろした。
俺を見る彼の目は今にもあふれ出してしまいそうな黒い水のようだった。
焦点が全く定まらないままで、大いに揺れにゆれている。
「頼む。薬を分けてくれ。半分でいい」
「・・・・・・」
半分でも約十二時間、つまり半日間は効果が持続する。
研究の予定が一日滞るのは確実だった。
門倉が言った。
「今のおれには二時間も持たない。その間に話をする」
「・・・・・・」
渋っている、躊躇している俺の心をまるっきり見透かしたかのような言葉だった。
端的にして的を突いているのは、さすがに研究職ということか。
門倉が着ている白衣の左襟には至極当然、博士の印の記章が光っている。
この国の、サルデス共和国の象徴である門扉の前に佇白い衣をまとった人の意匠のだった。
俺の左襟にもちろん在った。
「――頼むっ!」
そう短く小さく叫んだきり、門倉はピタリと口を閉じてしまった。
もう、話をするどころではないのだろう。
下唇をきつく噛みしめる前歯が覗き見えて、俺は慌てて応じた。
「分かった!だから、口を開け!」
「・・・・・・」
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