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馬群は第四コーナーを曲がり、最後の直線に入った。
「行け、行け、行け!」
テレビの前の村西が馬券を握りしめる力も強くなっていく。
最後の直線に先頭で入った馬が、失速する。後続の馬たちが加速して、先頭の馬をみるみるうちに抜いていき、先頭だった馬は馬群の中に紛れてしまった。
「ああ、ダメだ。くそ!」
村西は握りしめていた馬券を放り投げると、足元の灰皿の足を軽く蹴った。
ここはファミレスのアルバイト休憩室。村西と後輩の田中が休憩をしていた。
「そんな怒らないでくださいよ。たかが競馬じゃないですか。」
田中は自分のスマホを見ながら呟いた。
「たかが?たかがじゃねえよ。30万だぞ。俺は今、30万失ったんだぞ。」
最近の若い奴は何事にも熱くならないからいけないと、常々村西は思っていた。特に、田中は村西から見るとやる気のない若者の代表例で、仕事もやる気があるのかないのか、気の抜けた顔でやっているように見えた。そのくせ、ミスはしないものだから怒るに怒れず、それもまた、村西にとってストレスになるのだった。
「30万も賭けたんですか!え?村西さんって馬鹿なんですか。」
田中はスマホから顔を上げると、村西の目をまっすぐに見て言った。
やる気はないのに失礼だけは一人前に持ち合わせている奴だ。だが、田中は現実を勘違いしている。
「違うよ。俺だって競馬に30万もかけるほど馬鹿じゃねえよ。そもそも、そんな金無いしな。そうじゃなくて、当たったら30万だったんだよ。この2番人気のビッグチェイス。これが単勝オッズ6倍。だから、これが一着になれば俺は30万を手にできたってわけよ。」
村西は競馬がいかに夢のあるギャンブルであるか田中に説明してやった。
「当たるかどうかも分からないものなんだから、30万失ったわけじゃないじゃないですか。6倍でしたっけ?6倍で30万なら村西さんが失ったのは5万ですよ。そもそも、競馬の単勝に5万も賭けるのだって、まあまあ馬鹿ですけどね。」
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