In Anger

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田中はそう言って少し考えた。 「では、村西さん。疲れている時に電車が混んでいて座れなかったらどうします。」 殴られても怒らないスキルを手に入れた村西が、もはやそのくらいの事で腹を立てるはずがない。 「なめて貰っちゃ困るぜ。もう俺はそのくらいでは何とも思わないからな。疲れていたって、電車がすいているとは限らないと考えるね。」 「正解です。ちょっと簡単すぎましたね。」 田中の言う通りである。このくらいでは村西としても、“期待しない”甲斐がない。 「じゃあ、次の問題。もし店長が今月の給料を払わなかったらどうしますか。」 さっきよりは難易度が上がっている。だが、これも村西はやり過ごす事ができる。 「俺が働いたって、正当な給料が払われる保証はないと考えるね。働いたらお金がもらえるなんて期待しちゃだめだ。」 回答にテンポが出てきた。 「正解です。村西さん。そう思えば、どんな労働条件でもやっていけますね。きっとブラック企業がまん延するこの社会を生き残れるのは村西さんのような人ですよ。」 田中は後輩だが、村西は褒められると相手が誰であろうと嬉しくなってしまう。 「では最終問題です。最後は難しいですよ。」 コツが分かってきた村西は次の問題が早く欲しくてたまらなくなっていた。 「今日の帰りに、通り魔が村西さんを刺し殺してしまうとします。さて、村西さんは息絶える瞬間、どう思いますか。」 これはなかなか難問だ。自分を殺した相手に憎悪を持たない事は非常に難しいだろう。それが、自分とは何の関係もない通り魔だとなればなおさらだ。だが、これだって今の村西には大した問題ではない。 「通行人が安全に道を通してくれるとは限らないと考えるな。」 「残念。不正解です。」 村西は完璧にやり過ごしたと思ったが、田中はそう言った。 「え?正解はなんだよ。」 ここまで来たら、村西は“期待しない”事を完全に会得したいと思っていたので、ここで正解を聞いておかない訳にはいかなかった。 「正解は、自分に明日があるとは限らないと考える、です。」 この答えに村西は少し感動を覚えた。 「なるほどな。“期待しない”の極地は自分の明日さえ期待しない事か。」 「そうですよ。これで村西さんは何にも期待しない人間になれました。」 こうして村西は何が起きても、怒らない人間になる事ができたのだった。
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