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 学校は小説の企画を考えるには持ってこいの場所だ。個性豊かな生徒に先生、甘酸っぱい恋愛や部活での友情が芽生えたりで、本当に自然のアイデアの宝庫だ。  私はいつもクラスメイトや先輩、後輩をモチーフに小説を書いている。学園小説からホラーまで、ありとあらゆるジャンルに手を出していた。でも、それが世の中に出たのはごく僅かで、ほとんどがプロットを書いてボツになった作品ばかり。  私、安堂楓が出版した本は、片手で数えれる程度のものしかない。 「かーえで」  私はちらりと前を見ると、友達の(さくら)(はる)が「どうしたの?」と心配そうに私を見ている。どうやらずっとお弁当を向いては、睨んでいたそうだ。陽にまで心配されるなんて、相当怖い顔をしていたのだろう。 「何かあったの?」  陽がおずおずといった雰囲気で聞くと、私は首を横に振って、「何が?」と明るく言った。「大丈夫」って言ったら心配を掛けちゃうから、「何が?」と返す。何もなかったよ、ということを遠まわしで伝えるために。  桜と陽はお互いを見合わせると、首を傾げて、それから食事に戻る。私は元気であることを伝えるために、「陽のお弁当、相変わらず美味しそうだね~」と言う。本音ではあったけど、利用させてもらった。 「ありがとう」  陽も大分成長したものだ。1年前、私たちが高校生になったばかりの時は、クラスで浮いていて、お弁当も一人で食べるし、だから私も桜も一人が好きな子なのかと思っていた。でも、いつ頃からか、篠田(しのだ)君が話しかけるようになったから、それで周りも陽に話しかけ始めて、それでクラスに溶け込んでいっている。昔よりよく笑うようにもなっていた。 「ねぇ、陽~。御堂(みどう)先生、家だとどんな感じなの?」 「それ確か前にも話した気がするけど」  陽は怪訝そうな目で桜を見ると、桜が「そうだっけ~?」と明らかにとぼけた様子で言う。御堂先生とはこの高校で化学を教えている。もう30を越えてるようだが、見た目からじゃまだ20代に見える。ちなみに陽の叔父のようで、1年前から2人で暮らしているらしい。 「昨日祝日で休みだったじゃーん。何してたの?」  御堂先生の容姿から、ファンクラブも発足していて、桜はその会員の一人である。確かにカッコいいとは思うが、私はそこまでガチ勢じゃない。 「別に。ただパソコンに向かって仕事してただけだよ」 「他には?」 「それだけ」 「えー、それだけ? どこかに遊びに行ったりとかしなかったの?」 「しないよ。長期休みには出かけたりするけど、普通の土日は滅多にしない」  陽はそう言って、美味しそうな卵焼きを口に運ぶと、麦茶を飲む。桜が「えー、勿体ないー」と口を尖らせて言った。  私は何度かこの2人が主人公となった小説を書いていた。正しくは、2人が主人公となったプロットだけれど。というか、ほとんどがそうだ。  陽は見た目は大人しそうなのに、運動神経も良いし、怒ると意外に怖いし。それに頭も良くて、性格も普通に良いし、素直だし、顔も美人だ。だから御堂先生同様、ファンクラブが出来ていたりもするらしい。当の本人は知らないようだけれど。  桜は元気で明るくて、おしゃれ番長。流行に敏感で、芸能にも詳しい。将来は有名になりたいというビッグな夢を持っていて、玉の輿を狙っているようだ。誰にでもフレンドリーで、気取った様子も無いから、男女ともに人気がある。  そんな2人は主人公にぴったりだった。  でも2人を世に輩出することは未だに出来ていない。それは私がただ単に才能が無いだけで、有名作家なら余裕で出来るだろう。 「楓?」  桜と陽が私を見ると、「ねぇ、本当に大丈夫?」と桜が言った。 「さっきからずっとぼーっとしてるけど」 「熱でもあるの? 保健室行く?」  陽が優しい目で私に問いかけると、私はぶんぶんと首を横に振る。 「ごめん、ちょっと考え事」 「最近ずっとぼーっとしてるじゃん。悩み事でもあるの?」  桜が前のめりになって私に尋ねると、私は「彼氏が欲しいなぁって」と言い、ごまかす。桜がけらけら笑い、「今度誰か紹介しようか?」と言った。  2人には自分が小説家であることはまだ言っていない。言えるわけがない。中学生と新人賞を受賞して、華々しくデビューしたのに、今は落ちぶれているだなんて。  ちゃんと企画が通って、書籍化出来たら伝えようと思っている。それが高校3年間、後1年の中であるかは分からないが。なるべく努力はしている。努力はしているんだ、私だって。 「ねぇ、今度コンパしようよ」 「えー、私はいいよ」 「すーぐ陽は逃げるんだからー。おいで、おいで」 「嫌だよ、彼氏いらないもん。ていうか、く、御堂さんに怒られるし」 「あー、御堂先生、陽のことだもんね~」  桜はニヤニヤしながら陽を見ると、陽が「何?」と呆れたように言う。 「もう御堂先生でもいいんじゃない?」 「何が?」 「」 「無いから!」  陽が焦ったように言うと、桜がニヤニヤしながら「顔赤いよ」と言った。 「でも音楽の如月(きさらぎ)先生も捨てきれないよね~。あの英国の貴族で育った感じが、本当に良い! うちの2大トップだよね~」  陽は呆れたようにため息を吐くと、「どっちかにしなよ」と言う。桜がけらけら笑って、それから「御堂先生は陽のだもんねー」と意地悪そうに言った。 私は2人の話を聞きながら、お米を頬張る。  次の企画、考えないと。  今度は何がいいかな。  今度こそ、通ってほしいな。
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