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「じゃあ、私図書室寄るから」  私は図書室の前に立つと、桜と陽に別れを言う。陽が澄んだ声で「待ってるよ?」と言うと、私は首を振った。 「いや、大丈夫。遅くまで残るつもりだし」 「勉強? 偉いねぇ」 「でしょ~?」  桜がけらけら笑うと、「じゃあねー」と言って手をひらひら振る。陽も振ると、私も振り返した。2人が背を向けた所で私は図書室に入る。  放課後の図書室は、テスト期間中以外は騒がしい。今日はまだテスト期間ではないから、静かだ。私は司書さんにペコリとお辞儀をすると、次の小説の為の資料集めを始める。  学園ドラマ、青春小説、ヒューマンドラマ、ホラー、サスペンス、SF、ファンタジー。何を書こうかな。  適当に本棚を眺めながら、案を練っていくと、気になったものを手に取っては、パラパラと捲る。 『先生、すみません』 『また駄目でした』  私は本を勢いよく閉じると、元の場所に戻す。  どうしてもちらついてしまう、担当さんの言葉に私は目蓋を閉じた。  面白くない。つまらない。最悪。読んで損した。  読者の批評が私の暗闇に蘇った。  ――この現象が起きてからもう何年経っただろう。  お前はいらないんだよ、と言われているような気持になってくる。  お前には才能がないんだよ、と言われているような気持になってくる。  綴るのが段々と怖くなってきているのに、私はそれから必死に目を反らし続けていた。もし書かなくなってしまったら、それはもう小説家・安堂楓として終わりだから。  私はため息を吐くと、気になった資料を手当たり次第手に取っていき、自習スペースへと持っていった。そこでパラパラとページを捲ると、情報をルーズリーフに綴っていく。  最近はずっとこの繰り返しだ。  集めて書いては、不採用。集めて書いては、不採用。  どんなに自信があっても、不採用。書き直しますから、と言っても意見は通らない。頭を下げても事実は変わらない。  不採用。  不採用。  不採用。  不採用。  そこかしこに不採用がコロコロ転がっている。いつしか私の脳内でもぐるぐるぐるぐる不採用という言葉が回るようになっていた。  不採用。  これも駄目。  あれも駄目。  面白くない。  つまらない。  最悪。  読んで損した。  パタッと音を立てて本を閉じると、ルーズリーフをファイルに仕舞い、鞄に突っ込んだ。それから数冊本棚に戻して、気に入った本を司書さんに渡す。カードに名前を記入すると、本を抱えながら図書室を後にした。サブバッグに入れ、肩に掛けると、ずしりと重さが伝わる。 「おっ、安堂さん」  階段を下りていると、向こうから上がってくる御堂先生が私に声を掛ける。 「今帰り? もしかして図書室で勉強してたとか。熱心だねぇ」 「どうも」  御堂先生は暢気な声でそう言うと、「感心、感心」と言った。 「陽なら桜と一緒に帰りましたけど」 「あ、うん、知ってる。帰りに会ったし」 「先生と陽が叔父と姪の関係だったなんて、本当に驚きです。全然し」 「……叔父なんてそういうもんじゃないの?」  御堂先生が首を傾げて言うと、私は「そういうものですか」と言う。 「あ、それより如月先生見なかった? ちょっと渡さないといけない資料があるんだけど、見つからなくてさぁ」 「如月先生って、音楽の?」 「うちの学校に如月先生なんて一人しかいないでしょ」  私は苦笑混じりの笑みを浮かべると、「見てないです」と言う。 「本当にどこ行っちゃったんだろうねぇ。ま、ありがとう。気を付けて帰れよー」  そのまま急いで階段を上っていくと、私は「さようならー」と言って、階段を下りる。  ――ポロンッ  下駄箱へと向かう途中、私は足を止めると、後ろを振り返る。誰もいない廊下に、静かにピアノの音が響き始めた。  ――ポロンッ ポロンッ  まただ。一昨日はしなかったのに、珍しい。  外はだんだんと暗くなり始めていた。私は電車の出る時刻が迫っていながらも、ふと気がついたら、音に導かれるように歩いていた。  ――ポロンッ  どこか、様々な感情の色が浮かんだ。  喜びはピンク。悲しみは青。怒りは赤。  そして次に子供の頃の映像が走馬灯のように浮かぶ。小説を読み更けていた私。執筆を始めた私。家族に褒められて嬉しかった私。新人賞にドキドキしながら送った私。新人賞を受賞して泣いた私。  それで、映像は止まった。  音楽も止まっていた。  気がついたら私は音楽室の前にいて、小窓からじっと一人の少年がこちらを見つめている。整った顔をした、いかにも好青年といった印象を抱く少年だった。短髪のサラサラヘアーを靡かせながら靡かせながらこちらに微笑んでいる。  私は扉を開けると、「すみません」と言う。 「いえ」  少年はそう言うと、私は気まずい雰囲気を醸し出しながら少年をちらちら見る。気がするが、誰だったっけ。
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