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「ピアノ、うるさかったですか?」 「い、いいえ!」  私はいきなり話しかけられたことについ大声を出してしまうと、少年がくすくす笑う。私もつられて笑った。 「とっても素敵でした。聞いていて、何だか一つのストーリーが浮かび上がってくるような」 「嬉しいです。丁度、コンクールが近くて。家だとあまり集中できないから、ここで弾かせてもらっているのだけれど」  少年は私を見ると、「聴いてもらっても、いいかな?」と言う。私は何度も頷くと、少年はパッと笑顔になり、「ありがとう」と言った。 「名前は? 僕は(すばる)。高校2年生」 「楓……。同じく高校2年生、です」  何だかカタコトになってしまい、私は急に恥ずかしくなる。ちらりと昴を見ると、昴が歯を見せて笑っていた。 「楓。いい名前だ」  名前を褒められたのは、初めてだったから何て返事をすればいいか戸惑う。私は「あ、ありがとう……」と挙動不審になりながら言うと、昴がこちらを見て、それから小さく微笑んだ。  その微笑みからも、どこか気品の良さが感じられた。いかにも英国の貴族として育ったような、そんな感じがする。だとしても、彼は私と同じ日本人だし、貴族でもなんでもないのだけれど。  ――ポロンッ ポロンッ ポロンッ  私はキョロキョロと辺りを見渡し、それから床に荷物を置いて、隣に体育座りになると、大人しく昴の演奏を聴く。  また、情景が広がった。目を瞑っていないのに、勝手に浮かび上がってくる。  普段、クラシックなんて聴かないし、聴いたとしても眠くなるから、あまり聴かないのだけれど、昴の音色はずっと聴けるような気がした。  眠くならない。すっと体の奥に入ってくる。  それは彼の才能なのだろう。私には無い昴の。  ――ポロンッ ポロンッ  今度は別の見知らぬ青年が浮かび上がってくる。 全 身真っ黒の服を身に纏って、様々な人を影からじっと眺めていた。  病室で弱っている老人。横断歩道を渡ろうとする小さな男の子。屋上に泣きながら立つ少女。  死神だ。鎌を持っていないし、ドクロでもないから一瞬分からなかったが、青年は紛れもなく死神だった。これから死ぬ人間を見て、そしてそっと近づき、魂を運んでいく。そして涙を流す。  この青年はいくつもの死人と出会って、いくつもの魂をあの世に運んで。 死人の中にも色んな人がいて、まだ小さい男の子でもあれば、長生きした老人でもある。  そんな人たちに出会いながら、青年はまた一つ涙を流していた。あまりにも綺麗な涙に私もすっと涙が零れだす。  演奏が終わったことに、私はしばらく気づいていなかった。  昴に声を掛けられるまで、死神の青年はもういないのに、その後の余韻に浸っている。 「楓?」  現実の世界に戻ってきたときには昴が心配そうに私を見て、それから「大丈夫? どこか痛い?」と聞いてくる。私はハッとなり、涙を拭うと、「大丈夫」とだけ言う。 「あまりにもだったから」  これほども音楽からはっきりと映像が浮かび上がるだろうか。  これほども音楽から綺麗にストーリーが紡がれていくのだろうか。 「あ、ありがとう」  昴は少し照れながらお礼を言うと、時計を見て、「もうこんな時間だ」と言う。時計を見ると、既に7時を回っていて、私は勢いよく立ち上がる。長居しすぎた。  わたわたとしながら、鞄を背負い、サブバッグを肩に掛けると、本の重さがどしりと肩に伝わる。昴は優雅に荷造りを進めていて、私はその後ろ姿を眺めながら、誰だったっけ? と頭を捻らせた。思い出せない。まぁ、いいか。 「楓」 「何?」 「またおいでよ。楓に聴いてほしい」  昴は真っすぐに言うと、私はその真っすぐな瞳にじゃっかん後ろに下がってしまう。でも、「うん」と力強く頷いた。  昴は私が頷くのを見ると、パッと笑顔になる。 「コンクール、いつなの?」 「」 「明後日!?」 「うん。今回、俺優勝狙ってるからさ。頑張らないと」  昴が期待に胸を馳せるような顔をすると、私は「凄いね」と言う。 「大丈夫だよ、昴なら。私が保証する。って言ってもまだ1回しか聴いたことないけど……。でも保証する。絶対に大丈夫だから。だって昴には才能があるもん。羨ましいよ」  私はそう言ったところでハッとする。昴はきょとんとした顔でこちらを見ていた。 それから口を開き、こう言う。 「才能なんてかな?」 「え……?」  そう言って昴が二コリと笑う。 「才能なんて、元々んだよ。概念だけが存在するだけでさ。俺はただ単にピアノが好きなだけ。これを才能って言うなら、何かするのが好きとか、そういうが才能って言うんじゃないかなぁ?」  私は目をパチパチさせると、昴が私に向かって微笑みかけた。
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