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『才能なんて、元々存在しないんだよ』
『俺はただ単にピアノが好きなだけ。これを才能って言うなら、何かするのが好きとか、そういう好きの感情が才能って言うんじゃないかなぁ?』
私はパソコンを前に、ブルーライトを浴びながら、ふと昴が言った言葉を思い出す。
才能なんて元々存在しない。概念だけが存在するだけで、「才能」なんてどこにも存在しない。
好きという感情が、才能なんじゃないか。
「好きの感情……」
私は何が好き?
自分自身に問いかけると、目の前に立つ心の中の私が「そうだなぁ」と明るい声で言って考え始める。
「オムライスが好き」
「それは才能?」
「ははっ、違うと思う」
心の中の私は本当の私よりも大分明るい。
私はもう一度「私は何が好き?」と問いかける。すると、また考え出して、一つの答えを口にした。
「小説を書くのが好き」
その答えに私は息を呑む。心の中の私はニコニコ笑いながら、当たり前のようにそう言った。
「小説を書くのが好き?」
「うん、大好き」
ケロっとしながら言うと、私はあまりにも淡々とした様子に目をぱちくりとさせる。
「不採用ばっかなのに?」
「それでもいいじゃん。人生、イージーモードではいかないんだからさ」
「酷評ばかりなのに?」
「まぁ、それは辛いよ。だって自分がいいと思った作品が、否定されるんだから。悲しいに決まってるじゃん」
「なら」
「でも」
心の中の私は強く言うと、ニッと笑う。
「そこで折れるなら、それは小説家じゃなくて、ただ趣味で小説を書いてる人だよ」
驚いた。同一人物なのに、これほども考え方が違うものなのか。
私は口をあんぐりさせると、心の中の私が「おーい」と呼びかける。
「大丈夫、これは永遠じゃないから」
「永遠じゃない?」
「そう。今は不採用ばっかりかもだけど、私はどんなに辛くても、辞めたいと思っても、ここまでやって来たんでしょ? なら永遠じゃないよ。今の状況は永遠じゃない」
永遠じゃない。まるで魔法の言葉のように感じた。
すると、すっと昴のピアノの音色が耳に届く。昴は近くにいないのに、誰もピアノなんて弾いていないのに、自然と耳に入ってくる。
――ポロンッ
――ポロンッ ポロンッ
まただ。また死神の青年がパッと浮かぶ。
陰でこれから亡くなる人を見守って、死者をあの世に連れていく。そして涙する青年の映像がくっきりと浮かぶ。
「どんなに辛くても、それは永遠じゃない……」
『俺はただ単にピアノが好きなだけ。これを才能って言うなら、何かするのが好きとか、そういう好きの感情が才能って言うんじゃないかなぁ?』
私の才能は何だろう。
答えは決まってる。どんなに辛くても、ここまでやって来たじゃないか。
私は小説を書くのが好きだ。大好きだ。この世で一番好きだ。
どんなに不採用で、ボツになっても。物語を紡げなくても。酷評を貰っても。
私は小説を書くのが好きだ。これが私の才能なんだ。
いつの間にか心の中の私の気配は消えていなくなっていた。私はパソコンのキーボードに手を乗せると、ドキュメントに言葉を綴っていく。
一人の死神の青年が、様々な死者と出会うお話。あまりにも真っすぐで優しい青年は、死者をあの世へ送った後に、必ず涙を流してしまう。病気で亡くなった老人。習い事へ行く途中、交通事故に遭って亡くなった小さな男の子。いじめに耐えきれなくて、自殺してしまった少女。様々な死者に会いながら、青年は死者の人生を知り、彼らの為にも未来を生きようとする。そんな希望のお話。
気づいたら時計はあっという間に深夜を回っていた。今夜はブルーライトの浴びすぎで寝れないだろうな。
そんなことを考えながら、私は担当さんにメールを打つ。深夜に本当に申し訳ないけれど、でも早くプロットを読んでほしかった。
デビュー当時の感情が一気に溢れ出た気がした。
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