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今夜は空気が澄んでいて、透夜の住む地域でも星がよく見えた。
ビルの隙間に煌めく星たち、切り取られた空に映し出された大自然のアート。
見つめるうちに何かを呼び掛けられているような、そんな気がしてくる。
車通りのなくなった国道を一人、透夜はふらふらと歩いていた。
星空に手を掲げながら、きょろきょろあたりを見渡して
「やっぱり月が一番綺麗だ」
と一言だけ呟く。
吐く息は白く、吸い込む空気もツンとする冷たさだった。
透夜はあまり冬が好きではなかったが、冬の星座は気に入っていた。
しかし、一番のお気に入りは頭上にこれでもかと激しく輝く満月。
この光が元々は太陽の光の反射で、本当の月は輝いてなんかいないなんて、とても信じられない。
透夜はこの月が好きだ。その姿は刻々と変わっていき、同じ姿を保ちはしない。
ああ、もっとずっと眺めていたい。
この美しさを閉じ込めてしまいたい。
そう想った時、透夜の右手は熱くなった。
「うっ…熱っ…!」
じわりと熱を帯びた右手、たまらず手袋を取って、その手を月にかざした。
透夜の体も侵食されるかのように、徐々に熱が広がっていく。
心臓が跳ね上がり、呼吸は荒くなる一方だけど、その手はまっすぐ月の方へ向け続けた。
すると、しばらくして不思議なことが起こる。
透夜の手に、光の粉のようなものが集まり始めたのだ。
しかし、当の本人は特別驚きはしない。
なにせ、見慣れた光景だったから。
透夜には特別な力があった。
初めて力を使ったのは小学生の頃だ。
特別な力といっても、漫画に出てくるような派手なものじゃない。
人助けできそうなものでもなければ、悪者をやっつけられそうにもなかった。
彼は何もないところから石を作り出すことができる、そんな力の持ち主だ。
石…そう、ただの石。
強いて言うなら宝石のようなもの。
値打ちのあるものかは分からないし、売るつもりもないが、その石は世界でたった一つの輝きを秘めている。
石は透夜が心の底から感動したものだけが、手のひらの輝きとして残るのだ。
いつでも力が使えるわけではなかったが、コツを知ってからは頻繁に使うようになった。
美しいもの、カッコいいもの、可愛いもの、素敵なもの、感動したもの。
彼はその力で、それらの輝きを石の中に閉じ込めた。
「うわっ…すごい…」
しばらくして、手の中に収まった石を見つめる透夜。
今回彼が生み出した石には、満月と星空の輝きが閉じ込めてあった。
「これオリオン座だ」
今回出来上がった石は全体に紺色がかっていて、中心に満月といくつかの星座がちりばめられている。
手の中の宇宙に興奮し、うっとりとそれを眺めた。
しかし、途中ではっとして、透夜は駆け足である場所に向う。
体が火照っているおかげで、寒さはもう気にならない。
葉の落ちたイチョウ並木が寂しい印象を与える国道沿いを駆け抜けて、脇の細い道へと入った。
最近できたであろうマンションを横切り、住宅街を突っ切って、しばらく行ったところに、その家は見えてくる。
それは二階建のボロアパートだった。
透夜は慣れたように二階に駆け上がり、角部屋のインターホンを鳴らす。
すぐに家主が玄関から顔を出した。
「なんだぁ、透夜…」
出てきた男は無精ひげに、咥えたばこ、ボサボサの髪は後ろで縛れるくらいには長い。
なんだか売れない漫画家みたいな印象の細身な彼は透夜の伯父さんだ。
親族の中で唯一透夜の能力に理解がある。
「おじさん、いいのができたよ!」
「んだよ、何時だと思ってんだ…」
「深夜一時を回ってるね」
「分かってんなら来る前に言えつってんだろ。ったく、毎回毎回突然現れやがって…」
そう言いながらも、家の中に招き入れてくれるあたり、彼も優しい。
散らかっている部屋に適当なスペースを見つけて、透夜は伯父から温かいコーヒーを受け取った。
「伯父さん、伯父さん。今回のは自信作だよ」
「ほう、どんなだ。見せてみろ」
透夜はさきほど作った自信作を伯父に手渡す。
なんだかソワソワして、カップに口をつけて、飲んでは離しを繰り返した。
「月と星か…前にも似たようなのなかったっけか」
「前のは三日月だったよ。それに、夏の星座だったし…」
「俺は鑑定は専門外なんでな、しかしカットし辛いな、こりゃ」
「ふふっ、伯父さんに任せるよ」
透夜の伯父、滋は宝石職人だ。
仕事としては宝石の研磨を専門にやっているようだが、趣味の範疇でデザインや彫金なんかもやるらしい。
透夜はいつも作った石を彼のもとに持って行ってはアクセサリーにしてもらっていた。
それを売るわけでも、まして自分でつけるわけでもなく、ただコレクションしている。
伯父さんも面白がって、タダ同然で作業をしてくれていて、たまに石の失敗作を持っていくと、それはいくらかで買い取ってくれたりもする。
「今回は何にするよ?」
「ペンダントがいいかな」
「ペンダントか…分かった。なんかイカスデザイン考えとくわ」
「楽しみにしてるね」
自分が生み出したものを、誰かがより素晴らしいものへと変えてくれる。
自分になぜこんな力があるか分からないけど
少なくとも、この力には自分を満たすだけの要素はあった。
いつか、もしかしたら、作ったアクセサリーを誰かにあげたりだとか、石を作るところを見せる日が来るかもしれないけれど、透夜は今の伯父とのひっそりとしたやりとりが好きなので、その未来はあまり期待できない。
気まぐれが起きたときにでもしようと思う。
滋が煙草の火を消して、透夜に聞いた。
「今日は泊ってくのか?」
「うん、帰っても誰もいないしね」
透夜の両親は出張で家を空けていた。
狭いし、散らかっているし、タバコ臭いけど、生活感のある伯父の家は居心地がいい。
「んじゃ、そのへんの毛布に適当にくるまってろ、風邪引くなよ」
「分かった。ありがとう」
押入れから勝手に布団を出してきて、上着を脱いで床に入った。
携帯の充電をさせてもらって、まだ机に向かっている伯父を見やる。
「伯父さんまだ寝ないの?」
「あー、なんかいいアイデアが降って来そうなんだよなあ」
「そっか、じゃあ、先に寝るね」
「おう」
伯父さんは何も言わずに部屋の照明を落として、机に置いている明かりだけにしてくれた。
自身が陰になって、透夜が眩しくならないような位置に座りこむ。
ぶっきらぼうそうだけれど、細かな気遣いのできる優しい人だ。
透夜は伯父の気遣いに甘えて、静かに瞼を閉じた。
すぐにあの星空と月が浮かんでくる。
美しい光景で心が満たされた穏やかな夜だ。
「おじさん」
「ん?」
「今度、伯父さんに石を作るところ見せますね」
「そうか」
「うん」
布団は冷たかったけど、すぐに自身の熱で温まった。
小さい頃からの癖で、もういい年だというのに丸まって寝てしまう。
しかし、それは伯父の前では両親の前よりも素直な自分でいられる証拠だと思った。
二人はお互いの事をあまり知らない。
石を通じてしか、干渉しないのだ。
透夜にはその距離感が心地よかった。
先行きの不安や過去の出来事でなく、今そのときだけを共有する仲。
「ふあ~、伯父さん、おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
大きな欠伸を一つ。いよいよ、眠ることにした。
さあ、明日はどんな美しいものを見ようか、どんな素敵なもので心を満たそうか、どんな石を伯父さんに見せようか、そう考えるだけでワクワクしてくる。
素晴らしい今日に別れを告げて、明日へ。
透夜の意識はすとんと、闇に落ちて行った。
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