シャープペンシル

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「昨日のテストを返しまーす」  毎週ある英語の小テストの返却時は、授業中で一番教室がざわめく時だ。喜びや嘆きの声が、あちこちで上がっている。 「ひどい点だな」  後ろから、蔑む声がした。 「なんだよ、渡部! 文句あんのかよ!」 「ああ、あるね。クラスの平均点が下がるし、また高橋さんに迷惑がかかる」  また美羽かよ。こいつ、まさか…… 「高橋さん高橋さんって、お前、美羽のことが好きなのかよ!」  教室が静まり返った。思いの外大きな声で叫んでしまったらしい。美羽が、すごく迷惑そうな顔で俺を見ている。 「そういう話ではない」  焦る俺に対し、渡部は冷静だ。 「高橋さんは、僕に並ぶほど成績が良い。そんな彼女が、君みたいな不真面目な輩に足を引っ張られているのを、黙って見ていられない」 「俺は、美羽の足なんか引っ張ってねえよ!」 「その情け無い点数で?」 「英語は苦手なんだ」 「英語は最も大切な教科の一つだ。君は、本当に勉強したのか?」 「したに決まってんだろ! 見てろ、次の小テストじゃ、お前より……」 「次の小テストが楽しみですね!」  思わぬ方から声がした。2人揃って顔を向けると、藤野先生の笑顔があった。 「あ、あの……」  今朝のこともあって頭に血が上っていた俺は、授業妨害をしてしまったようだ。なのに先生が笑っているのが、逆に怖い。 「なら、僕と勝負しましょう。次の小テストで、僕を見返してください」  渡部が変な提案をしてきた。先生は渡部を止めもせず、まだ笑って俺達を見ている。 「いいだろう。その勝負、受けて……」 「待ちなさい」  ここでやっと、先生が口を挟んだ。 「渡部くん、小鳥遊くんは英語が苦手なの。単純な点数勝負じゃ、小鳥遊くんに勝ち目はないわ。だから、こうしましょう」  パチンと手を叩き、明るい調子で続ける。 「小鳥遊くんは、渡部くんの半分の点数を取れたら勝ち……で、どう?」  苦手な英語も、半分の点数なら勝てそうだ。俺と渡部は、同時に先生に頷いて見せた。 「授業を始めます。小鳥遊くん、しっかり聞いてね」  落ちそうになる瞼を必死で持ち上げ、俺は今までにないほど真剣に授業を聞いた。  授業が終わった後、俺は渡部のところに向かった。 「参考までに聞いておきたいんだけど、今日のテスト、何点だった?」  渡部は不敵に笑って、小テストを寄越す。俺はそれを見て、絶句した。  58点!  英語の小テストは60点満点。間違いは単語の綴り一箇所だけ。  この時ほど、自分の浅はかな言動を後悔した事はなかった。
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