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「こんばんは」
すると、突然橋本が女性に声をかけた。女性は驚いて振り返り、橋本をじろじろ見ている。いつの間にか現世の人間に見える状態にしていたらしい。いつもの仕事モードの橋本だ。
「突然声をかけてごめんなさい。亡くなった霧崎さんは私の友人なんです。花を手向けてくださっていたのが見えたから」
不審そうに構えていた女性だったが、霧崎の名前が出てひとまずは安心してくれたのか、警戒を解いて話してくれた。
「いえ、大丈夫です。あたし、霧崎さんとは知り合いではないんですけど、命を助けてもらったので、せめてお花をと思って」
「命を助けてもらった?」
「はい。あの事故の日、あたしもここを通っていたんです。そしたら、居眠り運転の車が突っ込んできて……。あたしは突然のことで足がすくんで動けなかった。でも、偶然あたしの後ろを歩いていた霧崎さんが、あたしを突き飛ばして助けてくれたんです」
俺は隣の霧崎を見た。彼女ははっとした顔で女性を見ていた。どうやら、事故直前のことは忘れていたが、当事者である女性を見て思い出したようだ。
「そうだったんですね。あなただけでも助かって良かった。霧崎さんなら、きっとそう言うわ。お花、本当にありがとうございます」
「いえ、お礼を言わないといけないのはこちらの方です。本当は彼女のご自宅まで伺いたいんですけど……大きなニュースになって、被害者である彼女の自宅までマスコミが張り込んでいるそうで、迂闊に近づけなかったんです。彼女のご両親にお返ししたいものもあるのに」
そういって、彼女はショルダーバッグから小さな黒いケースを取り出した。
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