hortcake aux fraises~苺のショートケーキ

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hortcake aux fraises~苺のショートケーキ

 私──クロエ・シャルパンティエの朝は早い。殆ど我が家の使用人達と同じ時間に目を覚まさないといけない為、支度は自分でも出来るよう、簡易なワンピースとフリルのついた可愛いエプロン。  公爵令嬢としてはシンプルなんだけど、まだ十七歳だし、ピチピチのお肌とストロベリーブロンドの華やかさでいくらでも誤魔化せる。  え? 公爵令嬢がどうして早朝から動く必要があるのかって?  それはね── 「んー。今日もふんわり美味しそう! さて、スポンジケーキを冷ましてる間に……おーい、ルークくーん」 「なんですか、クロエお嬢様。そんなに大声を出さなくても聞こえますよ」  物陰から現れた執事見習いのルーク・カタリア君は、渋い顔を浮かべ姿を現す。手に布巾を持っているのを想像するに、彼は客席の清掃をしてくれたのだろう。  三歳上のルーク君は端正な見た目で、我が家の使用人だけでなく、訪問する貴婦人達にも人気がある。  当の本人は自分に注目が集まるのを嫌がってるみたいだけど。顔が良いのに勿体無い。  さて、今私がいるのは、シャルパンティエ公爵家の門近くに作られた小さな建物の中。その名も『シャルパンティエ公爵家の喫茶室』。  室内はオープンスペースの調理場と数人座ったら一杯になるカウンター。それから二人掛けのテーブルが二脚と、かなり小規模。だけど、私とルーク君二人で回すのを考えると、これ以上大きくなると維持ができないの。  その代わり内装は素朴だけど居心地が良いように、生成りをベースに薄い緑や赤でポイントに。実はかなり力を入れてる部分だったりする。 「えへへ。ごめんねルーク君。それでね、毎日悪いんだけど、生クリームを……とっ」 「お嬢様っ」  ホイッパーを突っ込んだボウルを持ち上げたせいで足元が見えなかったらしい。足元に置いて忘れてた木箱に躓いてしまった。支える手は塞がれてて、これは床に顔面直撃か、と思ってたんだけど、顔に感じたのは柔らかな感触とハーブの爽やかな香り。……あれ? 「大丈夫ですか、クロエお嬢様」  頭上から降ってくる声に顔を上げてみれば、やけに近くにルーク君の端麗なお顔が……。 「あー、うん。ありがとうね、ルーク君」 「お怪我がないようでなによりです」  呆れたような溜息と共に、そっと離される体。えーと、今、ルーク君に抱きとめられたって事かな? 「どうかされましたか?」 「え? あ、ううん。今日も生クリームの泡立てお願いね!」  一瞬胸に何かよぎったけど、とりあえずは開店準備が先。私は頼む筈だったボウルをルーク君に押し付け笑顔で言った。  こういった力作業は、男性であるルーク君のが適任なんです。早いし、私も別の作業ができるしね。 「お嬢様。毎回思うのですが、そういったのはお嬢様が……うぐっ」 「お礼に、昨日焼いた新作クッキーを進呈しちゃいましょう!」  不満を訴えるルーク君の口に、私はすかさず傍にあった欠片を突っ込む。文字通り口封じです。  ちなみに、今彼が咀嚼しているのは、昨日試作品で作った数種のチーズを練りこんだ塩味の強いクッキー。  これはルーク君の祖父でもある我が家の執事長のセバスチャンが、内緒で私に依頼してきたもの。なんでもワインに合うお菓子はないかって相談を受けたのよね。  うふふ、ルーク君の好みに合ったかしら? 「どう? ルーク君の舌の感想は?」 「……おいしい……です」 「そう、よかった! じゃあ、泡立てお願いっ」 「しかし……」 「だって、あなたがやったほうが美味しいんだもん。お客様に提供する以上、良いものを出したいじゃない? 最悪、我が家の沽券にも関わってくるんだもの」 「それはそうですが……」  でしょう? ってダメ押しで言ってみれば、アクアマリンのような澄んだ水色の瞳が眇められた。これは観念したかな。  そもそも、我が家の執事見習いとして使えるルーク君は、シャルパンティエ家の名誉を損なう瑕疵(かし)はしない。それは本人が望んでなかった仕事だとしても、執事長である彼の祖父が、厳しく施した教育が身に染みてる以上、完全な拒否もできないだろう。  権力を笠に着てるようで気が引けるけども、彼は優しいから、つい甘えちゃう。 「いつもありがとう、ルーク君」 「いえ」 「という訳で、生クリームはいつものように半立てと七分立てでよろしくね!」  通常はスポンジケーキに差し込むクリームは六分立てが扱いやすいらしいけど、私は若干緩めな方が好きなので、半立て推奨。食べた時にクリームが体温で溶けて土台のスポンジと混じり合って幸せな気分になれるんだよね。  保冷技術が進んでないこの世界では、テイクアウトもできないとこもポイント。お店でしか味わえないのって最高の贅沢だと思うの。  出不精な貴族ですらも通う喫茶室。たったひとつ、この世界に転生した私の生きがいなのだ。  私が前世の記憶を取り戻したのは五歳の時。当時、流行病が蔓延してて、沢山の人がバタバタと亡くなる中、病は私にも忍び寄って来てしまったのだ。一時期は生死を危ぶまれる状況だったらしい。  高熱でずっと意識が朦朧としてて、もう駄目かもって思った途端、脳内に前世の記憶が一気に流れ込んできた。あまりの情報量に発狂しそうになったけども、熱で意識混濁してたのが幸いしたのか、上手に折り合いが取れたようだ。  熱が下がり、記憶が綺麗に混じり合ったというもの、私は一人でも生きていけるように、勉強も魔法も頑張った。まあ、魔法は素養的な理由で家庭魔法程度しかできないけども。  基本誰もが持ってる家庭魔法と前世知識もあって、現在は公爵家の敷地に小さいながらもお店を持つようになったのである。  まあ、私の前世は長くなるので割愛するけど、そのせいで私は恋愛というのが嫌いになった。 「恋愛は裏切るからね……」 「何か言いましたか?」 「ううん、なにも」 「……それならいいですが」  ルーク君からの質問を素っ気なく返すと、彼は首を傾げながらも作業をする手を止める事はなかった。水の音と、ボウルとホイッパーが奏でる金属音のせいで有耶無耶にできたようで安心する。貴族令嬢が結婚しないとか言った日には、どんな説教が待ってるかわからない……わぁ、怖いわぁ。喫茶室の存続の危機だわ。  普通、公爵家というのは前世というと皇族に等しいとされる地位にある。  じゃあ、何故 『シャルパンティエ公爵家の喫茶室』が存在するのかといえば、ひとえに王族や他の貴族達の後押しがあっての事だ。  そもそも母の取り仕切るお茶会で出したのがきっかけだった。こちらの世界にはない生菓子や、焼き菓子の提供を受けた方々によって広まり、このままでは連日それを目的とした人ばかりになってしまうとの懸念から、お父様が渋々ながらもお店を出してくれたのだ。  ただし、私が結婚もしくは婚約が内定するまでとの条件つきで。  そういった事情もあり、公爵令嬢がお店を出すことになったのである。ま、一部の貴族からは好い顔されてないみたいで、たまーに陰口言われちゃうけど、好きなことやってるんだから気にしてない。応援してくれる方が多いしね!  だから、お父様に「結婚しません!」って宣言した日には、即座にお店は閉店、私は強引に結婚させられるか、修道院にいれられるかのどっちかだ。  なんとしてもそれだけは避けなければならない。  それに、ルーク君がいなくなったら、一人でお菓子作りとか無理だから!  機械とかないのに、女の細腕でへっぽこ魔法使いながらとかムリ!  逆にルーク君は高魔力の持ち主。なんで魔法と関係ない執事見習いをしてるんだろう? (噂では王宮魔道士の候補にもなったって聞いた事があるけど)  彼が十五歳の頃からの付き合いだけど、よくよく考えてみれば、私ってルーク君の事った色々知ってる訳じゃないんだよね……。 (まあ、いくら主の娘とはいえども、言えない事もあるよね。私が前世の記憶持ちってのも言ったことないし。詮索よくない。うん)  私は浮かんだ疑問を追い出し、ルーク君へと声を掛けた。 「そっちはどう?」 「中に塗るクリームは完成してますよ。今は表面に塗るのを作ってます」  カシャカシャとホイッパーを掻き回す度に、高い魔力保持者が持つという黒に次ぐ紺の長い髪が背中で揺れる中、ルーク君はぶっきらぼうに返してくれる。  つっけんどんな態度と、尻尾のように揺れる髪の落差に、思わず可愛いって言いそうになったけど、後が怖いので口の中でぎゅっと歯を噛んで耐えたのだった。 「今日も完璧!」  パテでボウルの中のクリームを持ち上げると、液体ではないけどトロリとした絶妙に泡立てされたクリームに、思わず感嘆の声が出てくる。  巻き込まれた感の強いルーク君は、今だに令嬢である私が労働するのをよしとしないけど、言われた作業は完璧にこなしてくれる。本当に感謝しかない。 (私もそれに応えなきゃね)  気負い新たに、既に四分割に切っておいたスポンジケーキに、ルーク君謹製のクリームを挟み、真っ赤に熟れた苺をスライスしたものを散らしていくのを繰り返し三回。 「こちらも出来ました」 「ありがとう。じゃあ、仕上げに取り掛かりましょう」  先ほどよりも少し固めにホイップされたクリームを適量、パテでケーキに乗せ、台を動かしつつクリームの厚みを均等に広げていく。  卵色のスポンジが真っ白に変化していく様は、何度見ても感動を憶える。 「こちら水気を取って、ヘタを切っておいたので」 「うわーんっ、ルーク君が有能すぎて涙が出ちゃいます!」 「大げさですね」  ふっと笑みに崩れるルーク君。彼の貴重な微笑みは、まるでババロアみたいにふんわりと蕩けるようで、何故か私の胸がドキンと高鳴った。 (な、な、なんで心臓が……!)  熱くなった頬を手で冷やしたいけど、なまものを扱ってるからそれもできない。衛生大事。食中毒怖いからね。……って、この世界に食中毒ってあるか分からないけど。  真っ白な土台にルーク君が処理してくれたツヤツヤ苺と、庭師の人が私のハーブ園から摘んでおいてくれたセルフィーユを飾り、少し高めから粉砂糖を雪のように降らせれば完成。  シャルパンティエ公爵家の喫茶室で一番人気の苺と生クリームのケーキ。これがなければお店が始められない一品。  んー! 今日も今日とて美味しそうです! 「さて、開店まで少し時間もあるし、ちょっと休憩しようか。ルーク君、カウンターで休んでて」 「でも」 「いいのいいのっ」  半ば強引にルーク君をカウンターへと移動するのを見送ると、茶葉を入れたポットに熱々のお湯を注ぎ蒸らしてる間に、六等分のひとかけを半分ずつお皿に乗せる。  これは味見と、今日も一日頑張りましょうって意味もある。 「はい、どうぞ。お茶は熱いから気をつけてね」 「ありがとうございます、お嬢様」  カウンター越しにケーキとお茶を渡し、早速私も実食。 (んん! 粗めのスポンジに緩めに泡立てた生クリームが染み込んでジュワっと口の中で溶けていく。フレッシュ苺は青果独特の爽やかな甘味で、もう幸せ!)  ふと、ルーク君の視線を感じ、私は首を傾げる。 「どうかしたの?」 「いいえ」 「?」  何故かルーク君はふいと顔を逸らし、黙々とケーキを咀嚼しだしたので、意識を自分のケーキに戻し幸せを噛み締めていた。 「本当、この人鈍感かもしれない……」  ボソリとルーク君が言ったような気がしてけど、私は商品の出来栄えに夢中で、呟く言葉の意味を尋ねるのをすっかり忘れていたのだった。
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