ヤンデレな妹は兄の心臓になりたい

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深夜、街の中にある寂れた稲荷神社。 木々に囲まれた神社で少女は熱心に祈りを捧げていた。 「神様、お願いします。私は兄さんとずっとずっと一緒にいたいんです。だから」 だから、私を兄さんの心臓にしてください。 いやー、本当に勘弁してほしいわ。 このお願い何度目だよ。 百回超えてるんじゃねぇの? 御百度参りかよ。 まじ勘弁。 怖いわ〜、ないわ〜 神社の中から、こっそりと少女を見ている神様はドン引きしていた。 いや、だって、怖いでしょ。 深夜、毎晩、毎晩、やってきては熱心に「兄の心臓になりたいです!」って娘が祈りを捧げてみろよ。 怖いよ。 最初は、比喩表現かと思ったのだ。 大好きな兄と一緒にいられますように。 ずっと一緒にいられますように。 それくらい熱烈に兄のことが好きなんだな、兄も大変だな。 と、お供物の饅頭を食べながら思っていたのだ。 しかし、その祈りの回数が十回を超え、二十回を超え、ついには百回を超えた。 怖い。 本気だ、この娘。 本気で兄の心臓に成り代わりたいのだ。 なってどうするというのだろう。 心臓になってしまっては、美味しいものも食べられないし、好きに眠ることも、友達と喋ることもできない。 何にもいいことはないのだ。 それでも、いいのだろうか。 いっそ、願いを叶えてやろうかな。 何回も何回もこの祈りを聞いてきたために、神様の思考回路もだいぶ、おかしなことになってきたようだ。 神様として、いい加減にこのサイコパスな祈りを聞きたくないのだ。 何日か前に、出雲の国にいる偉い神様にたずねてみた。 「こんな祈りの娘が日参するのですが、どうしたらいいですか」と。 回答は「そのうち飽きるんじゃない(ドン引き)?」だった。 役に立たない回答に縋って、ここまで静観してきたが、そろそろ、神様の心が死にそうだったので、思わず少女に話しかけてしまった。 「おい、娘。心臓になってどうするつもりだ」 「! あ、神様。お願いします。私を兄さんの心臓にしてください」 間髪入れずに、キラキラとした表情で同じ祈りを少女は繰り返した。 「いや、だから、心臓になってどうするつもりだよ」 「そうしたら、ずっとずっと一緒にいられるでしょ。学校もお風呂もトイレも寝る時も!兄さんが結婚したって、兄さんの一番いい場所にいるのは私なのよ!」 「あー、そうですか。兄貴はどう思ってるんだよ」 「わからないわ。家族としては、十分すぎるくらいに愛してもらってるけど。それじゃ、足りないの! お願い、神様。私を兄さんの心臓にしてください」 「あー、わかった。わかったから。してやるから。もう、ここに通ってくるんじゃねぇぞ」 「本当!! ありがとう! 神様! じゃ、帰るわね。絶対よ」 「あー、本当だ。本当にしてやるから、家に帰って寝ろ。そして、ここにはもうくるな」 「はい」 満面の笑みで少女は、帰っていった。 ふー、これで静かになる。 やっと静かな夜を取り戻せると思うと嬉しくてたまらない。 どうやら、自分は柄にもなく緊張していたらしい。 明日からは、気分良く寝られそうだった。 次の日の朝、街から少女が一人消えた。 捜索願の提出とともに、警察による捜査が行われたが、行方はわからないらしい。 「神様、おかしいんです。心臓から、妹の声がするんです」 件の兄は、神社の前に立っていた。
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