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「これがそのもう一人だと?」
「そう。秋山と連んでたもう一人ね。こちらも中学卒業後、市内ではだいぶ問題児扱いだったから、県外の高校に進学したみたい。けれどこちらは馴染めなかったのね。結局、高校中退して実家に戻ったみたいなの。そこからは頻繁に悪いことしては捕まってたみたい。万引き常習犯だってみたいだし。そんな生活をしていて、最後は強盗事件を起こして逮捕よ。比較的健康な若者だったという。目立った持病もないのに突然死でしょう。最終的には病死っていう話になったんだけどね。私は涼子ちゃんが殺しちゃったんだと思うの」
「そう思う証拠があったんですか」
「物的証拠なんかないわ。ただそうだと思ったの。あの姿は人を呪い殺す見た目よ。次にあったときはいつもどおりだったけどね。いえ、いつもよりも晴れやかな表情だったかしら。そんな表情しているものだから、『復讐はもういいの』って聞いたら『もういいよ』って返すのね。だから終わったんだと思ったの」
「それで成仏したんですか」
「それがしなかったの」
「まだ何か未練が?」
「あったのね。復讐なんかよりよっぽど大きくて重たい未練が。涼子ちゃんが昔みたいに遊びたいって言い出したの。昔って言われても、涼子ちゃんの昔なんて知らないじゃない。だから何となく、私と母を勘違いしているような気がしたの。成仏が近いから、記憶が後退しているのかしらって思ったのだけれど。でも断るのも可哀想じゃない? だから小夜子だとおもってくれているなら、そういう扱いでもいいかと思って二人で遊んだのね。もう見た目も中身も十二歳ぐらいの子供って感じ。それで二人で遊び続けていたんだけど、日が暮れても遊びをやめないの。つい最近まで暗いと危ないからって心配してくれていた人が、ちょっとおかしいなって思ったんだけど。でも、せっかく成仏するかもしれないのに水を差すのも悪いじゃない。そうしたら、市の職員さんが池に入るときに使うボート乗り場あるでしょ。あの一般人は立ち入り禁止の場所よ。あそこに入ろうとするのね。いよいよ様子がおかしいと思って帰ろうとしたんだけど、帰るのを許してくれなくて、腕をものすごい力で引っ張られたの。小学生の力じゃなかったわ」
「どうしてそんなことをする必要が? 彼女からしてみれば、友人にそっくりな子供なわけでしょう。殺害しようとする理由がない」
「結局彼女の未練は小夜子だったのよ。一人で死んだのが、よっぽど怖くて辛かったんでしょうね。小夜子と一緒に死にたかったんだわ、きっと。考えてみれば、十四年間一人で過ごしてきたんだもの。生きていると思い込まなきゃ、やっていけないときもあったんでしょうね。死んでからも人生が続くのって、ゴールしたのにゲームがやめられないバグみたいなものでしょう。リスタートかコンティニューぐらいはさせてほしいと思うわ。そうやってこの世に留まり続けて、寂しくないように一緒にいてくれる友人がほしかったのよ」
「だから似たような子供を連れて行こうと」
「結局、私が復讐の背中を押してしまったのね。私があそこで子供を連れて逃げようとしなかったら、あの子は生きていたかも。男の生存方法の確認ももっと別の手段があったのかしら。こうやって復讐の手伝いを知らないうちにしてしまっていたから、あとは小夜子と一緒に死ぬだけになっちゃったのね。おまけに私のことを小夜子だと思ってるから、池の底へ連れて行かれそうになるし。母が助けにきてくれなかったら死んでしまっていたわ」
女性は苦笑しながら、新聞記事の切り抜きを僕に差し出した。
今度はコピーではない。その記事だけは綺麗にラミネート加工されていた。よほど思い入れがあるのだろうかと思う。
僕はできるだけ指紋がつかないように、記事の端をつまむ。
「きっと母は母で何か追っていたのね。涼子ちゃんに水の中へ引きずられそうになったとき、突然飛び出してきて、そのまま涼子ちゃんと池に落ちていったの」
新聞記事は冴島小夜子という女性が行方不明になっているという内容であった。
池に落ちたのが最後、死体が見つかっていないということになる。
「その後、ご遺体は見つかったんですか」
「見つかるわけがないのよ」
「どうしてです」
「母はね、涼子ちゃんを向こう側に帰した後、私を見て笑ったの。そうしてね、自分もあちら側に逝ってしまったの」
「どういうことですか」
「小林くんは、呪いや祟りを信じるかしら」
「えっ? いや、どうでしょう。あるとは思っていますよ。他人から呪われていると知ったら嫌な気持ちがする。呪った相手が怪我をしたら呪いのおかげだと思い込む。人間の心理や精神状態、偶然の出来事が重なって起こるのが呪いだと思うんですが、答えになっていますか」
「あると思ってるのね。私もそう思ってるの」
「それと今までの話に何の関係が?」
「この池に人柱伝説があるって言っていたでしょ」
「はい」
「残された母親は、ただただ死を待つばかりだったのかしら」
「どうなんでしょう。文献には残っていませんからね。その後母親がどうなったのかなんて」
「想像するの。病気の母親が残された命で一人の子を成すのね。その子供は呪われた子供よ。村を呪うために生まれた子供なの。子供はすぐに母親を亡くして、父親の顔を知らぬまま、劣悪な環境で育っていくのね。そうして村の男と結婚をして子供を設けるの。でもね、どうしてだか男親はすぐに死んだり、行方がわからなくなったりするのね。母子の関係はその分、強くなるわ。そうして親子の呪いにかかった二人はお互いを守るために、親子の絆を邪魔する人間を知らず知らずのうちに排除するの。そうして周囲の人間がいなくなることで、また親子の愛が深まっていく。そうするうちに子供にまた子供が産まれて、理想の親子関係を作り上げるために伴侶を殺して、親子の絆を強固にするでしょう。どんどんと親子の愛が大きくなる度に、親子に関わった人間が死んでいくの。こんな話だったら、きっと文献には残せないね」
「何が言いたいんですか」
「冴島小夜子は呪われた子供だったのよ、きっと。小夜子の父親は自殺したわ。母親も病気で他界したし、友人も死んで、その事件に関連する人間も死んだ。小夜子に関わった人間は死んだの。つまり私は呪われた家の娘というわけね。だから娘の私に関わった小夜子もいなくなってしまった。今頃向こう側で、私が来るのを待っているのかしら」
「偶然が重なって死んだということも考えられませんか。あなたのお母さんが亡くなられたのは、決してあなたのせいではないでしょう」
「偶然なら、偶然でもいいの」
女性はバッグからハンカチに包まれた何かを取り出した。黒い光沢のある生地なので、中身は見えない。
受け取ってはみたものの、中身は軽い棒状の何かであることしかわからなかった。
「小林くん、これ預かってくれない? 持って行こうかと思ったんだけど、母からの借り物だから申し訳なくて」
「どういうことですか」
「この呪いを引き継いでいるのは、私が最後なの。母のことがあったから、私上手くこの呪いと付き合っていこうと思ったのよね。だけどね、そんなに上手くいかないの人生。本当はこの子と生きたかったんだ」
女性はそう言って、自らの腹部を優しく撫でた。
バッグを肩にかけて、立ち上がる。
「この人に限っては大丈夫って思ってたのに、子供いらないんだって。でもね、私、子供を捨てるなんて決断できないの。だって、お母さんもそうして私を産んでくれたんだもの。ここで産まないって言ったら、この子もお母さんも悲しむでしょ。だからあの人邪魔になっちゃったの。結局お母さんと一緒になっちゃったんだわ。それよりも悪い状況かもしれない」
「一体何を言ってるんですか? 落ち着いて。とりあえず座って話しましょう」
「それじゃあ、私、そろそろ行くね」
「あ、待って」
僕は咄嗟に立ち上がろうとして、膝に置いてあった包みを落とした。
黒い布から出てきたのは彫刻刀であった。
冴島加代と書かれた持ち手に付いた刃には、赤黒い錆のようなものが付着している。
「加代さん」
僕は声を張りあげた。
女性の後ろ姿は小さくなっていく。
風がサアッと吹いて、桜の花びらが彼女の姿をかき消すように舞っていく。
「またお会いできますか」
女性は振り返らずに、手をひらひらと振った。
桜の花も散ろうかという春の出来事だった。
僕はどうしてだろうか、あの濡羽色の蠱惑的な瞳がいつまでも忘れられなかった。
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