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「おばさんは仕事なん?」
そうだと頷くとヒーローは入ってすぐの台所を横切り、一目散にこたつの中へ身を投じる。
「生き返る~」
ぬくぬくとこたつで手足を暖めるヒーローを尻目に台所でお湯を沸かした。
甘い匂いが部屋中に広がっている。
先程オーブンから出したものがしっとりと固まってきていた。
「なんかいい匂いがする」
亀のように頭だけを出しヒーローが夢見心地で鼻を利かせる。
そりゃそうでしょう。
今日はクリスマスイブですから。
赤い小人の帽子と雪だるまが白い雪の中によく映える。クリスマスといえばやはりこれ。
「え、薫ちゃんが作ったのそれ」
やはり亀のまま、こたつからダイニングテーブルで飾りつけをしているショートケーキを
目を丸くして覗き込んでいる。
ヒーローは甘いものが好きだ。
子供の頃一緒に食べたショートケーキも大人になったらホールケーキで食べると豪語していたくらい。
「そっか、薫ちゃんは夢叶えたんだっけ」
こたつからテレビの前に置かれた写真を見てヒーローは言った。
製菓専門学校の卒業制作のケーキを手に笑う自分の写真をまじまじと眺め溜め息をつく。
「頑張ってるねぇ、薫ちゃんは」
職を失い、恋人には裏切られたヒーローは
どこか投げやりで自分を見失っているように見えた。
「いいなぁ、薫ちゃんは」
そうだよなぁ、忘れるよね。
思わず溜め息を着いて飾りつけしたそれを
丁寧に箱に入れた。
パティシエになったのは君が理由なのに。
ヒーローの家はあまり環境がいいといえる家ではなかった。父親は酒を飲むと態度が変わる人らしく、よく泣きながら公園にいた。
一人泣いて、誰か来たら何事もなかったように けろり とした顔をする。
弱いもの苛めする奴がいたら速攻助けにいく強がりで弱い君が好きだったからなのに。
大好きだった君が食べたいって言ったから
いつでも食べさせてあげられるよう、この職についた...なんて言えないけどさ。
今さら。
「これミカマンだ!」
ふと、写真を眺めていたヒーローが慌てて
それに手を伸ばした。
やばい。バレた。
「ミカマンだよな、絶対ミカマン!」
一人写真に穴が開く程、顔を寄せヒーローは叫ぶ。
ミカマン。みかんだるま。みかん+雪だるまの略。
二人でショートケーキを食べたあと、ヒーローが持ってきた蜜柑を食べた。
2つだけある小粒の蜜柑を重ねて、ヒーローは上のみかんに顔を描いた。
その下手くそな顔。
「うわ、ミカマンがおる!」
まだ言うか。
ショートケーキの飾りにオレンジ色のグミで出来た雪だるまは教師には不評だったが。
ヒーローには感動もののようで良かった。
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