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寒いです。風が強いです。けれどわたしは大人ですし、こうしてコートのポケットに両手を突っ込んでいればまだしばらくは平気です。しばらくであれば耐えられます。
わたしの前では、わたしに背を向けた大勢の人が、そのまた向こうのステージに注目しています。耳をそばだてています。
そのステージでは、二十名くらいでしょうか、同じような黒い衣裳に身を包んで、同じように口をパクパクさせて、クリスマスカロルを歌っています。あの衣裳は、そう、神様、あなたの教会にいる修道士を模倣したもののようですね。そしてあの歌はあなたのための歌……。
クリスマスカロルを歌うあの人たちの一体どれだけが、神様、あなたのことを信じているのでしょうね。心から信じているのでしょうね。
ここにいるどれだけの聴衆があなたのことを信じているのでしょうね。この歌の意味を理解しているのでしょうね。
わたしには歌詞がさっぱり理解できません。英語ですし、早口ですし、よくてあなたの子の名前くらいしか聞き取れません。
わたしの目の前にいる二人は恋人同士でしょうか。肩を寄せ合い、顔を寄せ合い、何か話しています。くすくす笑っています。何が楽しいんでしょう。こんなに寒いというのに。もう少しでイルミネーションが点灯するからでしょうか。それとも二人そばにいること自体が楽しいのでしょうか。
神様、クリスマスは恋人や家族と過ごすものだというのはなぜでしょうか。
どれだけ目を凝らしても、この人だかりの中にわたしのように独りでいる者は見当たりません。
いえ、いることにはいるのですよ。でも誰もがせっかくのステージを通り過ぎていきます。中には残念そうに、物惜しそうに、後ろ髪ひかれるように、ステージのほうに視線をやりながら歩いていく人もいます。ですがわたしのようにここに残ることを誰もしません。誰もが通り過ぎていきます。
なぜでしょうか。
クリスマスが独りでいる人間にとって辛く感じられるのは、なぜでしょうか。
独りでいることが不幸であったり良くないことのように捉えられるのはなぜでしょうか。
それはこの国だけの風習なのでしょうか。
世界中のどこでも、クリスマスといえばそういうものなのでしょうか。
誰にも喜ばしいその日が独り者にとっては苦行のごとき一日となるのはなぜでしょうか。
あなたがそう定めたのですか。
それとも人間が自らそう定めたのですか。
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