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代り映え
「ふぁ~」
3限目の数学。
席が窓側の後ろの方のせいか先生の話がつまらな過ぎるせいか、授業開始10分あたりから欠伸とため息が交互に押し寄せてくる。授業の内容は理解しているし、こんなのろのろ進む授業などに聞く価値を感じない。と思えるのは数学が得意教科だからだろうか。
「おい、初音」
窓側をぼーっと眺めているといきなり隣の男子が囁いてきた。
「ん?」
反射的にそう返しながら隣を見ると、その男子の背景から約30ほどの視線を感じて、心の中で「あ、」と小さく喘ぐ。
「これわかるか」
先生が黒板に書いてある問題の一つを人差し指の爪でこんこんと示しながら聞いてくる。どうやらぼーっとしていて回ってきた順番に気が付かなかったらしい。
「えーーーーーー」
暗算で計算をしている間空気が死なないようにするときの常套手段――いつもぼーっとしているためこういうことは多々ある――を用いて間をつなぐ。
「X=2…?」
「正解。次、この問題を――」
ふぅ。と内心安堵の息を漏らしながら着席する。そして「サンキュー、助かった」と隣の男子に礼を言ってから右手にペンを持ち、それをくるくると回しながら外を眺める。中二の六月。燦々と降り注ぐ陽光が揺れ動く木の葉を照らし、その影では生徒が元気に走り回っている。だがその美しく楽しそうな景色を脳が認識していたのはほんの数秒だけ。彼女の意識は家に帰った後、あいつとすることのほうに向いている。その女子中学生にあるまじき妄想が彼女の五感を奪うほどまで膨れ上がったころ、3限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。初音はそのよからぬ妄想を慌ててもみ消し、「起立」と号令をかける学級委員を横目で見やる。透き通った黒髪、すらっと細い体。その美しいシルエットをいつまでも眺めていたくなるが、さすがにそれはいろいろまずいので釘付け寸前の視線を無理やり反対方向へ流し、「疲れた~」とでもいうように手を首に充て、軽くさする。
「あと3限頑張りますかぁ」
軽く伸びをしながら一人呟く。
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