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1999年 隕石
1999年10月、僕は、富士山の樹海の中にいた。
僕の名前は、池上吾郎。
僕が初めてここを訪れたのは、21歳のときだから、もう5年も前になるのか……
ここにあった宇宙研究所も、5年前の事件のせいで、今は別のところに移されている。
5年前の事件、あれは未だに謎に包まれている。
あの頃、宇宙研究所では、様々な専門家が集まり、宇宙開発に必要な強化服・ロボットなどの研究、月基地への定期的な物資搬送などが行われていた。
そこで出会ったサイジョーという男。かつては、僕の父とともに宇宙開発の研究をしていたらしく、父の面影のある僕に、接触してきた。
そう、僕は、父が目指した宇宙開発の道に進んだ……と言っても、父は、僕が2歳の頃に失踪してしまい、それ以来一度も会っていない。
そのため、父の声や顔すらまともに覚えていないが、宇宙飛行士として父が着たとされる宇宙服のみを今も記憶している。
僕が、宇宙飛行士になったのも、いつの日か父と出会えるのではないかと思っているからだ。
8歳の頃に母も失った僕は、父に会うことだけを目的に生きてきた。
父に会ったら言いたいことや聞きたいことは山ほどある。
「何故、母を棄てたのか?」「これまでの間何をしていたのか?」「そもそも、僕が生まれたことを知っていたのか?」
1994年に、月基地開発の第二陣メンバーに選ばれたときは歓喜した。
日頃、感情を表に出すことはないが、この日ばかりは、自分の生まれ年のヴィンテージワインを開けた。
このワインは、まるで宇宙のように濃く重く厚い味わいとなっているが、それでいて歳を重ねる毎に飲みやすくなっていく。
だが、その喜びはすぐに消された。
翌日、強化服グロウシリーズ キ-defend(通称グロウ第0世代タイプD)の装着実験が開始されるはずだったが、突然、トラブルが続出する。
研究員の怪物化・ロボットの暴走・月基地の爆破。
ケンタウルスオオカブトやヘラクレスオオカブトを擬人化させたかのような姿の怪物たちの襲撃……マスドライバーや戦闘機に変化する多機能ロボットの暴走……突然の月基地の爆破……
警備の厳重な宇宙研究所を襲撃は、神速という特殊な加速ができた怪物であれば可能だろうが、ロボットの暴走や月基地の爆破は、内部に手引きした者がいなければ不可能だった。
僕もグロウ第0世代タイプDを装着し、怪物と戦った。
…
……
………
ヘラクレスオオカブトの怪物は、神速という特殊な加速を使いこなしていたが、それは僕にも……いや、グロウ第0世代にも、それができる。怪物がそれに驚く隙に、僕は不意をつき、怪物が持っていた棍棒のような武器を奪うと、それを使い、怪物を吹き飛ばした。
………
……
…
怪物が倒れ、その正体が、サイジョーの同僚だったことが判明した。結局、その後、グロウ第0世代タイプDの活動限界が来て動けなくなった僕は、怪物には逃げられてしまった。
事件を解決することはできなかったが、おそらくは、その怪物がロボットの暴走や月基地の爆破も手引きしたのだろう。
活動限界で動けなくなっていた僕は、黒沼という青年に助けられた。
宇宙研究所はかなりボロボロになってしまったが、サイジョーはグロウシリーズのデータを各国に売り込むことで、宇宙研究所を移設し研究を続けた。
そのため、研究所を存続させてくれたサイジョーには感謝していた。
1999年10月、僕がこの研究所跡地にいるのは、サイジョーからの依頼のためだった。
宇宙研究所で観測された巨大隕石……それを破壊してほしいというのだ。
もちろん、宇宙研究所の他の人間にも頼んではいるが、成功する可能性はかなり低いらしい。念には念をということだろう。
実際、宇宙研究所は、またも突然現れた怪物によって壊滅的な被害を受けてしまったのだ。
どこから怪物がやってきているのだろうか?宇宙研究所が襲われていることを考えると、宇宙に関係あるのだろうか?そういえば、19年前にも宇宙研究所が襲撃されたこともあるらしいと母に聞いたことがある。
例えば、地球外生命体……専門家の間でも意見が分かれるところではあるが、この広い宇宙で地球に近い環境の惑星が存在する可能性や、全く別の環境で進化をした生命体がいる可能性を考えると0とは言い切れない存在ではある。
まあ、それらが宇宙開発の邪魔をしていると考えるのは少し飛躍しすぎかもしれないが……
そんな事を考えながら、僕は、グロウシリーズ キ-attack(通称グロウ第0世代タイプA)を装着した。グロウ第0世代タイプA……サイジョーは、グロウシリーズの頭文字をとってG-attackと呼んでいる。attackの名を持つ通り、攻撃特化タイプとなっていて、グロウ第0世代タイプDよりも高いパンチ力やキック力を持っている。
俺は、宇宙研究所に代わって、隕石を内部から爆破し軌道を変えるため、富士山の麓に放置されたままのマスドライバー型ロボットを使い、宇宙へと飛び立った。
人間の3倍ほどの大きさしかないマスドライバー型ロボットだけでは、もちろん、射出距離も速度も足りない。
このグロウシリーズには、神速という機能が備わっている。神の速さという名前の通り、神速は単なる加速ではない。考え方としては、SF小説などである時間停止に近いか……神速の場合、時間停止とは違い、ゆっくりと時間は流れているが、その異なる時間の流れの中を駆けるという感じだ。
元々は、星神拳という拳法の伝説上の技らしい。この格闘技は、宇宙エネルギーを使った拳法らしく、この宇宙エネルギーは、宇宙研究にかなり役に立ったらしい。このグロウシリーズもマスドライバーも、宇宙エネルギーをエネルギー源にしている。
僕自身はそんな格闘技は使えないが、以前僕を助けてくれた黒沼という青年など、宇宙研究所の関係者にも星神拳を使える者を何人か知っている。流石に生身で、神速のような伝説の技を使う者は会ったことがないが……
神速によりマスドライバーの射出の初速を引き上げたことですぐに熱圏まで達する。
射出されてそんな事を考えながら、次第に近付いてくる隕石を見て、僕は言葉を失った。
直径11㎞ぐらいの隕石と聞いていたが、直径150㎞は超えていそうな大きさである。
僕は、隕石に飛び移った。想定外の大きさではあるが、それでも何とか軌道を変えなければ……
ものすごい速さで進む隕石……グロウ第0世代タイプAを装着していなければ、すぐに焼け死んでいただろう。そんな隕石の上で僕は、人影を見た。
隕石の上だというのに、生身で立っている?
その人影が、僕の姿に見えた……
僕のはずはない。グロウ第0世代タイプAを装着し、僕はここにいる。
「もしかしたら、父が来てくれたのか?」とすら考えてしまっていた。父の顔も声も覚えていないというのに……隕石のあまりの大きさにどうかしていた。父の消息は不明ではあるが、仮に生きていて、今も宇宙飛行士を続けていたとしても、ここを生身で立てる人間なんていない。
僕は、自分を落ち着かせるために、一度目を閉じて一呼吸置き冷静さを取り戻した。
まずは表面を調べてまわり、一番脆そうな所に爆薬を仕掛ける必要がある。
僕は脳内で自分のやるべきことを考え、目を開いた。
冷静さを取り戻していなければ危ない所だった。目を開いたとき、目の前に怪物がいたのだ。
巨大なダクティラスファエラ・ヴィティフォリエのような怪物が、そこにはいた。隕石に付着した地球外生命体なのだろうか?
仮にソイツが地球外生命体であるのなら、これまでの事件も納得がいく。
1994年に宇宙研究所を襲ったのは、ケンタウルスオオカブトやヘラクレスオオカブトなどのカブトムシのような巨大な角を持つ怪物で、この年の1999年に宇宙研究所を襲ったのは、ショウリョウバッタやオオカマキリのような怪物だったらしい。
昆虫などの節足動物には、隕石に付着して宇宙から来た原子生物が進化したのではないかという設がある。突飛な説と思う者もいるかもしれないが、節足動物は、他の動物とは、かなりかけ離れているため、昔からヴィンテージものの説だ。
もちろん、進化自体は、この地球で行ってきたのだろうが、未だに人類が把握しきれない種類、多様な性質……否定もしきれない面も多い。節足動物を全く知らない者が、節足動物と他の動物を見比べて同じ惑星の存在と思えるだろうか?
隕石に乗って度々、地球にやってきているのではないかとまで考えれば、飛躍しているかもしれないが、目の前の怪物を見ると、そういう考えにも到ってしまう。
僕は、神速を使って、怪物から遠ざかろうとしたが……
…
……
………
僕と同じスピードで、その怪物も着いてくるのだ。
神の速さと呼ばれるぐらいだから、星神拳でもそう簡単に使えないもののはずだというのに……そう簡単に使用できるものなのか?……いや……星神拳は宇宙エネルギーを身体に取り込んで自分のエネルギーに変える拳法らしいので、地球外生命体で宇宙での活動もする生命体であれば、同様に宇宙エネルギーをエネルギー源としていてもおかしくはない。
………
……
…
そんな事を考えるている間に、怪物の4本の腕が僕の身体を掴んだ。
僕は、何とかそれを離そうと、その腕を殴った。グロウ第0世代タイプAのパンチ力は、約3t。グロウ第0世代タイプDのパンチ力1tと比べれば大幅に上がっているが、怪物はその腕を離そうとしなかった。
怪物に捕まれた箇所にエラー表示が出ている。
死を覚悟したそのとき、「その強化服に流れる宇宙エネルギーを拳に伝えるんだ!」という声がした。
声の主は、銀色の強化服を着た宇宙飛行士だった。
そのアドバイスで、僕の目の前から怪物が消えた。僕のパンチが怪物を吹っ飛ばしたのだ。
怪物は何とか立ち上がり羽根を開き飛行を開始するが、銀色の宇宙飛行士は、月面を背に蹴りを放ち、怪物を爆破した。
が、怪物は、その死の瞬間、僕が持っていたはずの爆薬を使い、爆破の勢いを上げ、隕石に穴を開けた。僕に掴みかかったときに爆薬を奪っていたのだろう。
穴の中には、大量の節足動物の怪物たち……それら全てが同時に神速によって姿を消す……
「先に地球に帰っていてくれ!」
その言葉とともに、僕は宇宙に放り出された。 隕石から離脱するだけの力で投げられたのか?
離れていく隕石の上で、銀色の宇宙飛行士は、まるで重力でも操作したかのように、怪物たちは神速を止め、地面に押し潰されていく。
最初の怪物には僕がいたから使えなかったのか?
そして、銀色の宇宙飛行士は、そのまま、隕石をその拳で破壊した。破片も含めて全て粉になるまで突きを放っていく。隕石が消えていくのが、遠目からでも見えた。
あの銀色の宇宙飛行士は、父さんだったのだろうか……何故か、あの宇宙飛行士から懐かしさが感じられた。
成層圏に入った僕は、グロウ第0世代タイプAの装置を作動させる。作動させたのはMガス射出装置……水素よりも軽いMガスを使用し、落下の衝撃をほぼ0にする。
サイジョーの公表により、巨大隕石を消したのは、グロウシリーズの功績ということになった。
僕は、真実を話したが、怪物のような地球外生命体や隕石を破壊した宇宙飛行士など信じられるはずはなかった。
僕は、宇宙飛行士を辞め、新たな夢の道を歩むことにした。宇宙飛行士を辞めたことに悔いは無い。実際にどうだったかはわからないが、銀色の宇宙飛行士に父の懐かしさを感じることができたのだから。
エピローグ 再会
宇宙飛行士を辞めてからも奇妙な事件は続いた。
それら全てに関わってきたわけではないが……
洗脳され大規模テロに参加させられたり、未確認生物の捕獲をしたこともあった。
そんな事件の度に装着したグロウシリーズ……
そのグロウシリーズの真の開発目的を知るまでは、サイジョーがグロウシリーズを貸し出すことに何の目的も持たなかった。
グロウシリーズとは、その名の通り、グロウアップしていく強化服……その戦闘データは、メインコンピューターにバックアップがとられ、日々改良が重ねられている。いや、日本での警察機関での運用や、各国の軍事装備としての利用がされてからは、毎秒データが改良されていった。
その目的は、サイジョー自身のため……
2018年、サイジョーはグロウシリーズと、同時開発のリバースシリーズを併用し、グロウリバースという不老不死の怪物になった。
リバースシリーズ、蘇生を謳ったそのシリーズは、人間や地球外生命体を怪物として復活させる効果を持つ。
これと併用することでグロウシリーズの最大の弱点と言えた装着者の状態を考慮してストッパーがかかることがなくなった。
それまでの事件……宇宙研究所襲撃も巨大隕石接近もサイジョーによるものだったのだ。
僕は、黒沼などとともにそれを暴いたが、サイジョーはグロウリバースという白いカラスのような怪物に変わってしまう。
グロウリバースにはどんな攻撃も効くことがなく、活動限界などのストッパーがないためそれまでのグロウシリーズの全てのパワーが上乗せされている。
パンチ力だけでおそらく軽く2メガトンを超える……
そんな怪物をどうにかできるはずがない。
絶望に陥りそうなそのとき、僕の願いは、「もう一度父に会いたい」それだけだった。
そんな願いが叶ったのか、空の彼方からあの銀色の宇宙飛行士が摩擦熱で自身を赤く燃やしながら落ちてくる。
真昼の月が銀色の宇宙飛行士に重なる……あの隕石で見たときと同じ月を背にした蹴り……
グロウリバースは、それに気付いたらしくその蹴りに突きを放つが……蹴りはその拳すらも破壊しながらグロウリバースを貫く。
それと同時に地面が浮いた……まるで無重力になったかのような状態が体感にして8分ほど続いた後で、僕は地面にふわりと落ちた。
青く燃えるサイジョーを尻目に、僕は銀色の宇宙飛行士に話しかけようとしたが、あれだけ父と話したかったにも関わらず、何も言葉が出なかった。
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