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ベランダで植物を育てていると、大事な託しものをされることがある。
あれは春と夏の丁度中間だったと思う。ある晴れた日に、ベランダにひらひらと何か動くものを見つけた。
優雅で大きな羽と、鮮やかな模様でアゲハ蝶だと分かった。
そのアゲハは、まるでつんつんとつつくようにベランダのレモンの木に何かしている。
何をしているかは、すぐに分かった。
わたしの実家の庭にはユズの木がある。その近くで時たまアゲハ蝶の幼虫を見たことがあったから。
わたしの母はポケモンで言うところのキャタピーが大好きで、何匹にでも囲まれたいという少し変わった、でも優しい人だった。よく見つけた幼虫を可愛いと指で突っついて少し構っては、優しくすくい上げてユズの木に戻すような人だった。
木は周りにいくらでもあるというのに、アゲハの幼虫は柑橘系の葉しか食べない。
招待状を出した訳でもないのに、地上よりずっと高い場所にあるうちのベランダに、アゲハ蝶がやって来た理由は一つしかない。
わたしも、アゲハは好きだ。というか、虫全般、特に嫌いではない。ペンネームにしているムカデにも何度も刺されたが、ペンネームにする程には好きだ。
それでも。
大事に育てたレモンの木は今年が3年目。まだまだ小さいし葉っぱも少ない。
蝶がつついている回数はよく分からないが、恐らくその子たちが育ちきるまで、食糧は持たない。近くにはベランダで植物を育てているところもないし、そもそも孵化した幼虫たちはどうやって他の木まで行く?
葉が全て食べられたら、レモンの木だって枯れてしまうかも分からない。
キャベツ、レタスで育てられたなら、きっとそうしていただろう。
蝶が去っていってしまってから、わたしはため息とともにレモンを植えている鉢を部屋の中に入れた。
見れば葉の表に小さな丸い卵が幾つもついている。黄色いそれは満月のように可愛らしくて美しい。
わたしは苦い思いで、それらをぽろぽろと手のひらに落とした。微かにある卵が剥がれる際の抵抗が、まるでしがみつく小さな子どもの手のようで。
少しだけ丁寧にティッシュに包んで、更にビニールで包んで、わたしはゴミ箱にそれを捨てた。
捨ててから少し拝んだ。
きっとわたしの魂はまん丸の蝶の卵ほど、美しくはないなと心で苦笑しながら。
一寸の虫にも五分の魂というならきっとわたしにも五分だろう。
***
その話を人にすると、その人は柑橘系の木を育てており、うちにも蝶がやって来たという。
木は丸裸になったと、その人は明るく笑った。
せめてその子たちが無事に蝶になれていますようにと、願うばかりだ。
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