もしも少女の薬になれたのなら

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 世界には、流行り病という物に悩まされている病人が少なからず居るのだが、この街にも突如としてそ れはやってきた。  きっかけはきっと、あの事故だろう......。 「知ってるかな?こうすけは」 「なにがだよ?」  俺の名前は、大山こうすけ。運動神経平均顔面偏差値平均と、まあ面白味のない容姿でやらせてもらっ ている。  最近世間を騒がしている、問題の街の住民だ。 こいつは、俺の親友の田中よいち。メガネをかけたザ・オタクって感じだな。こいつは、みんなにキモヲタ、キモヲタと蔑まれているが、メガネを外した姿はキモヲタの影すら感じさせない爽やかなイケメン男子 と言えるだろう。  あとは、オカルト馬鹿ってやつだな。 「この坂道であった悲劇だよ!」 「むしろここに住んでて知らねえ奴のが不思議だろ。生後何ヶ月ですか?って話だろ」 「そうか。知ってるんだね。ならこれはどう?あの事故の唯一の生存者が少し前に退院したらしいよ?」  まったくこいつの情報網は、どこからどこまでのもんなのか。自分の何を知られているのか分からないの は、恐怖の一言である。 ただこの恐ろしい情報網は、田中七不思議の一つである。 「で?」 「なにが?」 「いやー! だーかーらー! それがなんだって話だよ!」 「その生存者を担当してた看護師さん、同じ病室の患者さんが謎の病によってつい先日死亡したってっ て話だよ」  ふむふむ。  それを聞いても、で? としか思わないのは何故だろうか。 「たまたまだろ」  だが、まあ俺は優しいんだ。「で?」という感情を覆い隠して一応回答してやった。 満足いく回答ではないかもしれんがな。 「馬鹿なの?そんな偶然あるわけないじゃん!」  満足いかなかった様子で。 「止まって! 止まって!」 「「へ?」」  あら不思議。ここで運動会の練習しているのは、どこの小学生だ? こんなところで玉転がしをしやがって。  いや、あれはー 「人だね」 「あー人だ」 「危ないから止まって!! てか止めてー!」  何故あーなったんだ? 確かにこの街一大きな下り坂ではあるが、ボールみたいな回転でクルクル回るか?  クルクルギネス記録認定である。 「止めてって、お前......」 「ひぇぇえぇ!!」  逃げやがったァァァ! 逃げ足の田中だ! 田中七不思議の一つ。50メートル8秒台の田中だが、逃げる時は学校一早い。という事から七不思議に 認定されたのである。 「仕方ねえなぁー」 よいしょ! って── 「あぁぁぁぁぁ!! 止めてくれ!! 田中!!!」 「お願い!! 止めて!!」 「ひぇぇぇぇぇ!!」  ギネス更新はできただろうか?  てか、田中の足が高速で動き過ぎて、蛸の足にしか見えん。 「痛てェェェ!!」 「だ、大丈夫?」 「ごめんなさい」 「おい!てめぇ俺を見捨てたな!」  分かってはいたが、まさか友達を見捨てて、一目散に逃げるとは思わんだ。 「仕方ないよ! いきなりフンコロガシみたく、コロコロしてる生物転がってきたら、普通逃げるよ!」  フンコロガシは、転がってるのではない。  フンを転がしているだけである。 「ちょっと! 生物ってなんですか!」 「だってコロコロだよ!? 転がってきたら怖いでしょー! 普通の反応だよ! 真っ当だよ!」 「もう一人の人は、勇敢に私を止めて、一緒にコロってくれたじゃないですか!」  変な用語作らんでくれ。 「ちなみに俺は、コロる気でコロった訳じゃねえぞ?」 「「またまた~」」 妙なとこではもんじゃねえよ! 「まあでも、ありがとうございます! 私橘結衣って言います!」  どこにでもいそうな平凡な女優さんって顔をしている。ミディアムくらいの髪で愛らしさが、滲み出ている タイプだ。  絶世の美女なんて言葉で飾ることすら生温いと言えるだろう。 「俺は大山。大山こうすけだ」 「......お、俺は田中だ」 「気を付けてね!お、俺達は行くね、!じゃ、じゃあね」 「あ、ありがとうございました!」  田中が珍しく女の子を見つけても、飛びつかん。これはレアなケースだ。 「なぁ? こうすけ。俺が言ったこと覚えてる?」 「何の話だ?」 「病院の話だよ!」 「あーそれか。それがどうした?」 「その唯一の生き残りで、近くの人間を死に追いやってるのが、その橘結衣なんだよ......」 「まーじー?」 「それが、まーじーなんだよ」 「同姓同名の可能性は?」 「この街の人口を考えてほぼ0でしょ」  背筋が凍り付くような想いをさせてきやがる。 けどオカルトだろ? 俺は信じないね! そもそもなかなかの美を前にして、怖いなんて言うような野暮な真 似は俺にはできねえ。 「いいかい? 俺達は遭遇しちまったんだよ!それはつまり! 俺達にも、身の危険があるかも知れないっ ちゅー話だよ!」 「考えすぎだ。人にそんな力はねえよ」 「だったら聞くけど、あの事故、他の被害者は身元を割り出すのも困難とされたほどの酷いけがだったん だよ? あの子だけがあんなにも綺麗に、少ない時間で完治できたのは何故か。そもそも傷が浅い?そん なはずない」  こんなオカルトチックな話で、口論をしている俺達だが、どうもさっきから視線を感じる。  田中も目で訴えてきやがる。  クルリと振り返る。 「誰もいねえか」 「まあ気にし過ぎか!」 「もうこんなとこまで来ちまったか!楽しい話は時間を忘れさせるね!」 「勝手に言ってろ」  田中の家まで着いたということで、俺は田中と別れて、一人で帰るという訳だ。 あいつのせいでやけにいつもの帰り道が怖く感じる。 「ただいまー。って誰もいねえか」  無論一人暮らしである。  ピンポーン 「ん?誰だ?こんな時間に」 「橘結衣です」 「げっ!た、橘さん......」  どうしよ。田中のせいでめっちゃ怖い。綺麗な髪がさっきのコロコロのせいだろうけど、乱れてもはや貞子 にしか見えん。 「げっ! ってなんですか! ひどいじゃないですか!」 「いや、すいません。どうしてここに?」 「つまる話は中でさしてもらえませんか?」 「いやーそれは──」 「あ、もしかして、流行り病の事ですか?」  なんで、橘さんが知ってるんだ? 橘さんがいる時にその話をしていないはずだ。 「すいません。さっき盗み聞きしちゃって」 「あー! だから視線を感じたのか!」 「ばれてたんですか! じゃあ、ばれついでに暴露もしたいので、是非中へ私を! さぁさぁ! 中へ! さぁ!」  怖! 入りたがり屋のさぁさぁさんってお化けは──  居ねえな。  仕方なく、家に居れた俺は、温かいお茶を淹れ、少しだがもてなす。 「ありがとうございます」 「いやいや。これくらい」 「話を戻しましょうか」 「そうですね......」  聞きたくねえ。今空気変わったもん。絶対この子やべえもん! 事故の後この子ほんとに生存してたのかすら怪しく思えてきた。 「まず私は、橘結衣ですが、実際橘結衣本人ではありません」 「は?」 「真っ当な反応ですね。私は、事故で生まれたウイルスそのものなんです」 「橘さんがウイルス?」 「そうなんです。二人が事故に遭って魂が入れ替わる的なのあるじゃないですか? それと同じで、ウイル スの魂が生きている肉体に惹きつけられて、橘結衣の肉体に入ってしまい、意識を乗っ取ってしまった んです」 「当の本人の橘結衣さんは?」 「きっとこの会話も聞いているでしょうね」 「そうだったのか......」  オカルトってのは、ほんとうにあるもんなんだなぁ。 「私は喜びました! 肉体を得てこれからは橘結衣として生きれる喜びを噛み締め、治療に専念しました。 異変に気付くのに、そう時間はかかりませんでした。私の周りの人間は同じ症状に陥り命を落としていき ました」 「あぁ。それは知ってるよ」  つまりこのウイルスは、近くに居るだけで人の命を奪ってしまう病原菌そのものって話しか。 ちょっと待てよ? これだけ長い時間密封された部屋でいる俺はどうなる? 「ギャァァァァ!!」 「どうかなされましたか?」 「すまん。取り乱した。続けてくれ」  やべえよ、このウイルス俺連れて行く気だよ。 「私は病原菌でありながら、自らもその病にかかってしまった愚かなウイルスです。私が死ねば橘結衣 は、目を覚まします。お願いです! 私を死ぬ前に彼女にして、一日だけで構いません!デートしてください!」 「ぬぁぁぁにぃぃ!?」  俺にウイルスと付き合えってか!? とんでもねえ申し出じゃねえか! 「それだと俺は──」 「大丈夫です。私が消滅する際、3キロ以上離れていれば、感染が消えて、正常に戻ります」  なるほど。つまり俺も助かり、俺の人生の履歴書に初めての彼女はウイルスと刻まれるだけか。ならば問題ない! 「あぁ! 分かったよ! だが約束しろ? 俺を巻き込むな」 「本当に!? わ、分かった! 愛してるわ! ダーリン」 「......。分かったならそれでいいんだよ」 「違うでしょ! ハニーでしょ?」  知ってるか? こんなに可愛くてこいつ、ウイルスなんだぜ? 「......ハ、ハニー」 「んもう! 照れ屋さんなんだからっ!」 「うるせえ! んで、お前の消滅日はいつだよ」 「明日の十七時よ」  はや! 急展開に全米も泣くわ! つまり俺は今から、このウイルス美少女橘ウイルスと共に過ごして、デートし十七時には、3キロ以上離れた場所に行かなきゃいけねえ。余裕だな。  そのつもりだったんだ......。 ※  俺は、あれから田中と合流し今日あった話をした。 さすがのオカルト馬鹿の田中もこの話には驚きの様で、一つの質問をしてきた。 「なんでお前なの?」 「え?」 なんでこいつ、論点がそこなんだ? 「いや、だってそうじゃん! 二人居てなんでお前なの?」 「嫉妬か?」 「ちがうよ! ただ、お前の知り合いじゃねえのかな? って思ったんだよ」  なるほど! そういうことか。だがしかし! だがしかしだ! 心当たりがない。 「ほら! 昔仲良くしてた幼馴染とか居たじゃん?」 「あぁー。あいつか?」  そう。俺は昔に、ずっと遊んでいた仲の良い女の子がいた。  俗に言う幼馴染ってやつだ。  だが、そいつとは、もう関わっていない。 十二年前の事だ。  ドンドンドンドン!  僕の部屋の窓を叩く音がする。  だけど気にも止めず眠り続ける。 それは、僕が鈍感で寝ていたら地震にすら気づかない男ってやつではない。 これが日課であることから、もう気にすることを辞めたというわけであって決して深すぎる眠りから気づか ないなんてことではないわけであって、それにもし、気づかなかったとしてこいつは── 「このー! 起きろー!」 「ぐはっ!」  そう、僕が起きなければ部屋に侵入して、僕のお腹めがけてドーン! とジャンプする。  体内から体外へあらゆる臓器が飛び出しそうになる瞬間が僕の一日の始まりを示す日課である。 「ようやく起きたか!」 「この! おてんば娘!!」 「うるさい! 寝坊助」 「なんでいつもいつも、吐き気を催しながらも、朝を迎えなきゃならないんだよ!」 「こうすけが、起きないからでしょ!」  う、そんな事ない。一度は目を覚ますんだよ?けどね、金縛りにでもあったのかと思いたくなるほどに意識は目覚めていても身体は動かないの。 「うるせえ......」 「こうすけ地震来ても起きないタイプでしょ?」 「起きるわ! 飛び起きるわ!」 「嘘おっしゃい! この前だって、起きず本に、埋もれながらこれでもかっ! てくらい気持ちよさそうに寝てたじゃない!」  僕のさっきの、鈍感じゃないフォローを皆無にしやがった。 「は!? 起きてたわ! 実は起きて地震を止める運動に励んでたんだよ」 「し! 知ってたしー! こうすけが地震を止めてくれたことくらい知ってましたー! もしもの時の為に、ヘルメット買ってあげただけですぅー!」 え、ヘルメット買ってくれたの、。なんていい奴なんだ。計画的な行動力を持つ女の子はお嫁に欲しい らいだ。 「お前......。買ってくれてたの?」 「そうよ......。念の為に大量にね!ほら!私の部屋見てみなさい!」  こいつと、僕の部屋は、隣同士で窓から覗けるどころか、窓から隣の家に侵入可能な構造で中の様子が 容易に分かるのだが、おかしいな。    中の様子が分かるのだが、分からない。あれもしかして、全部......。 「急いで四十個は発注したわよ!」  念の入れ過ぎである。 「ありがとうね!」 「いいの!」  ニカッと満面の笑みを溢す僕たち二人だが、こうしている内に時は流れ、八時だ。 「って! もうこんな時間じゃない! 学校に行かないと!」 「でもご飯まだ」 「何言ってんの! ご飯なんて──」  ちょこんと。  ジューーー。  パカッ。 「え、なにこの状況」 「朝ごはんなしで学校になんて行ってられないよ? 作るから待ってて!」  僕は一人暮らしで、自炊生活をしているだけに料理は大の得意なのだが、それとはうってかわって、こいつは料理ができないから、僕がいつも作ってあげているの。 「こんな状況で食べなくても......」 「どんな状況でも、ご飯は大事だ!ほれできたよ!」  ちょこんと座らせ、ベーコンに目玉焼き海苔白米を食卓に並べ僕たちは、食卓を囲う。  食べ終わった皿を、手慣れた手つきで片付け学校へと向かう。  現在の時刻は八時二十分  少し早歩きをしながらも、わいわい話して無事登校した。 これが僕らの、毎日の日課である事から、誰にも見られず怪しまれずに登校できている。 時間が時間なので、人も少なく、クラスが違うということから、一緒にご飯を食べている事も、一緒に学校 へ来ている事もばれずに何とかやりくりできている。  別に隠さなければいけない理由がある訳ではないのだが、如何せん僕の幼馴染が可愛すぎるらしく、嫉 妬の炎が僕に襲い掛かる事を防止する為に必要な事なのだ。 「おう!こうすけ安定の滑り込みだな!」 「うるさいなぁ!」 「なぁ? 知ってるか? 遅刻を三回連続でした生徒はこの学校の柱つまり、人柱になるらしいぜ」 「相変わらずオカルト好きだねぇ」  こいつは、田中よいち。めちゃくちゃオカルトが好きなオカルト馬鹿ってやつだな。オカルトに興味0なのだが、何故かとても気が合う僕の親友さ。  寝起きでは、臓器ぶちまけそうになり、学校では興味のないオカルトの話をされるという、何とも言えない 冒頭を迎える毎日である。 ※ ー昼休みー  午前中の授業を終え、今日も唯一の癒しであるお昼の時間を迎える 「ダメ! 私と、お昼するの!」 「いや、いつも朝と夜一緒だからいいじゃん!」 「ダメ! 絶対に私と!」  という、一方的かつ、強引な、論理的からかけ離れた理論をぶちかまされたのだ。 それ故一目に見つかりにくい場所で弁当を食べなければいけないのだが、図書委員と仲の良い幼馴染 は、話を付けてくれて図書室で食べることを許可されたというわけでして、図書室で毎日昼食をとっているのだ。 「いつもありがとうございます」 「いいのよ。どうせ暇だしね」  この人は、小学四年生の先輩で僕らの二つ上の先輩にも関わらず、僕らを対等に見てくれるとてもいい人。  人によっては、後輩にとても厳しい先輩という認識の人も少なからずいる。 だが、実はそうではない。  みんなを平等に見て、平等に扱ってくれる先輩など他にいなく一部では、絡 みやすい先輩と人気ではあるが、また一部では、口うるさい先輩とまた不評も少なからずある。  メガネのお下げというのは、需要がなさすぎるのもまた、問題だろうか? メガネのお下げ偏差値があると すれば満点と言うくらいに似合っている。  和ましい話をし、僕たちは席に着き昼食を取ることにする。 「今日も美味しいね!」 「そうだな」 「こうすけと食べるご飯が一番美味しいんだもん!」  落ち着け、落ちつんくだ。僕よ! 確かに今キュンともしたし、一生側に居てあげたいとも思った。だがな、女の子のそんな言葉に意味などこもっていないんだ。 偉い人が言ってだろ? 女の子のずっと好きで居てねに込められた意味は、私が好きな間はずっと居てね。だと。  つまりだ! 自己中心的な考えでしかない女の子の言葉に耳を傾けうかつに信じ込めばそれは命取りとなるんだ。  分かるか? こうすけつまり僕を、騙して死ぬ まで働かせようと、自分は楽して生きようとそういう意味を込められた罠でしかないんだ。 「それは、他の人とも食べてみなきゃわかんないだろ?」  冷たく突き放すように言う。 「ムゥ。こうすけの意地悪」 「言ってろ。ばーか」 「いいもん。いいもん。こうすけが意地悪するなら私、他の人に懐くもん!」 「は......?」  なんで僕は、苛立っているんだ? こいつが、誰と仲良くしようが勝手じゃあ、ないか。  それなのに、胸から 湧き出るこのモヤモヤとした気持ちはなんだろうか? 不思議なもんでモヤモヤとした気持ちになってからは胸が苦しくなる。 「なにかなぁ?」 「何を企んでる?」 「別に~」  はぁ~仕方ないなぁ。ここは僕が折れて── 「こうすけがいいもん......」 こ、こいつ!? ウソ泣きだと? そんなものが僕に通用すると思ってるのか? こいつとは、長い付き合いだ。ウソ泣きやら考えていることは大体わかっているつもりだ。そんな僕にウソ泣きを今更、どういうつもりだ?  本棚に並ぶ本を一冊取り顔を隠された。 ギロッと睨む図書委員の視線が痛い。  これが狙いかよ......。折れようとした瞬間にとどめの追い打ちをかけて来やがる。 「わかったよ......。悪かったよ」  面白いくらいにさっきまでの涙は枯れている。 女の涙は、なんとやらだ。これだから嫌いなんだよな。女って。 ※  全授業を終わらせいつも通り幼馴染の優菜と帰っている。 「ねえねえ今日ねー」 「なるほどなぁー良かったじゃん」  興味もない話を聞くのは苦痛ではあるが、聞かない方が苦痛かつ屈辱的な目に遭うので、仕方なくではあるが、毎日こいつの授業中の話を聞かされている。 「あー! 今どうでもいいって顔した!」 「そんなことないよ?」 「なくない!私分かるもん!」  長年の付き合いか、僕が嘘をついてるか素直に言ってるかこいつも、分かるんだ。 厄介極まりない女である。 「嘘つくなんて言語道断だよ!」 「嘘とは限らないぜ?」 「虚勢は張らなくていいの!」  こんな事を言われているが、少しばかり感動している自分が居る。  昔は、言語道断の事を今後道断とか、意味を百八十度変える言葉に変換したりで、会話すらままならな い時期もあったくらいで、今のこいつにはそれがなく、嬉しいようで少し寂しさもある。 「は!? 張ってねえし!」 「はいはい」  こうやって僕よりいつの間にか、上の立ち位置にいるなんて、ほんとなんなの。  昔は、子供みたいに、色々聞いてきたのに今では、そんな背景すら感じられないほど、今は自立してい るように見えるが実はそうではない。  僕は知ってる。いつも自分の部屋で不安そうな顔をしながらぬいぐるみをギュッと抱きめているこいつを。  それだけに普段明るく取り繕っているのをみると、哀れに感じる他なかった。  ここに、最も身近に昔から自分を知っている頼るべき人がいるというのに、頼ってこないことに対する嫌悪感を隠しきれているだろうか?  僕は、ただ頼ってほしい。そう思っているだけなのに、それでも気持ち なんてものは、言葉にしなきゃ伝わらないものっていう事を、深く痛感させられる。 「分かったよ。嘘ついてた」 「認めるんだね!」 「どうでもいい話だなって思ってたよ」 「え!? ひどくない?」 「酷いだろうな」 「そんな奴にはこうしてやる」  わっ! なんでこんな無防備にこんなことができるんだ 「おんぶ~おんぶ~」 「降りろ! ばか!」 「やだ! 絶対に降りないもん!」 「やだじゃねえ! 降りろ」  ブンブンと横に首を振るばかりで、話になりそうにない。 昔から、そうだ。甘え癖が強くこういうスキンシップが僕にだけ激し目だ。  こういうことをされちゃうと単純な 男は勘違いして好きになるんだよ......。 「耳真っ赤だよ」 「お前のせいだ!」 「照れてるの?」 「照れるだろ」 「仕方ないなぁ」  ハムッ! 「は!?」  は!? なんで、なんで耳食べた? ほんとこいつなんなの? どういう神経してんの? おかしくない? おかしいよね? まあ、ハムッてしてから背から降りてくれたからまだいいんだけど、暴発寸前の僕のヒドラを落ち着かせて もらいたいものだ。 「な、なにするんだよ!?」 「えへへ」  妖艶なる悪女のような笑みをこぼしながら、僕の手をギュッと握り締めて、引っ張っていく。  家に着いた僕たちは、バイバイとお別れをするのだが、如何せん飯は僕が作るためまたすぐに再開する のである。 「お待たせ~」  ひらひらと地雷臭のする服に、きわっきわの短めの、ジャージ生地のパンツ。 どうしてこの二つの服を組み合わせているのかは、依然謎ではあるが、服は人それぞれのセンスだ。  あ まり触れてやるものでもない。そっとしておこう 「ねえねえ! どう、?」 「い、良いんじゃねえか?」  何故聞いてくる? できれば極力、聞かないでほしかった。答えたくなかった。何故ならこいつに嘘は── 「噓つきは泥棒の始まりだよ!」 「やはりか」 「正直に言って?」 「なんでその二つ組み合わせてた?」 「うるさい! 聞きたくない!」  現実逃避しやがった。自分から聞いてきてこれだ。 でも、どれだけ機嫌が悪くなったとしても、こいつの機嫌はすぐに良くなる。何故かって言うとだ。 「今日ご飯なに!」 「唐揚げだ」 「え!? ほんと!?」  大好物を用意したからさ。 こんな、ものでは釣られるような女がこの世にいること自体が僕からしても、不思議な話だが、事実なので 受け入れるほかないだろう。 「機嫌治すならやるけど、どうする?」 「機嫌?元々悪くないよ?」  なんて単純かつ、純粋な頭してやがる......。  まさか、大好物を前にしてさっきあった出来事の記憶まで食欲に変換されるとは、さすがに思わんだ。 ジューーーと揚げ物独特の心地の良い音に、唐揚げの鼻をくすぐるスパイスの香りが食欲を刺激する。  しかも今夜のは、一夜漬け。 一夜漬けは、あまり良いとはされていないが、しっかりとした味付けにするのであれば、これに限る。 「一つ味見する?」 「え!? いいの?」 「別にかまわないよ」 「する~」  チーターが獲物を狙うが如く飛びついてきやがる。 だけど、優位に立っているのは僕だ。これがある限り、言いなりさ。 「一つお願い、いいかな?」 「なによ、?」 「片付けそろそろしてくれない?」 「なんで私がっ!」 「唐揚げ」 「......」  静かに立ち上がり、不満気な顔をしながら、しかしそれでも忠実さを失わずに着実に、掃除をこなす。  こうでもしなきゃ片付けしてくれないのが、たまに傷だよなぁ。 「できたぞ!」  熱々の醬油ベースのつけダレに一夜漬けた、鶏もも肉を、見ているだけでよだれが出そうになる。 唐揚げ、ご飯、味噌汁とシンプルな定食メニューではあるが、唐揚げの魅力が、シンプルだからこそ際立つのだ。  その効果は、絶大的で彼女も、その魅力に、引き寄せられているのは、容易に分かる。 「唐揚げ~♪唐揚げ~♪唐揚げ~♪」 「大好物だろ?」 「うん!大好きなの!」  これだけ、ガツガツガッツいてくれると作ったこっちも作り甲斐があるってもんだ。味の是非はともかく、 作ってよかったって思う。  僕も味見をー 「うめぇぇぇぇ!!」 自画自賛である。 「でしょ!?」  なんでお前がドヤってんだ? とにもかくにも、機嫌取りにも成功し、平和的な日常を過ごしているわけだが、よくよく考えると毎日食卓 を家族以外と囲むって違和感あるよね。 「ごちそうさまでした!」 「お粗末です」  これが、毎日の日課である。 僕がご飯を作って後片付けをしてもらう。夫婦ごっこみたいではあるが、これはこれで、妙な距離感では あるが楽しいから良い。 ※  片づけを終わらせてくれて、少し優雅な時を過ごしてから、自分の家に帰って行ったのだが、やはりさっ きまで人が居たこともあり、寂しいもんだ。 とはいえ、ほぼ隣の部屋にいるような構造なのでなにかあればすぐ呼べるってわけだが、唯一の不満が あるとすればー 「ねえ! ねえねえ! これさー」 「わっあ!」  窓から侵入されることである。 男の子の部屋に無断で入るとはけしからん! いつ何時男の子は、何をしているか分からんのだから、ノックくらいしてほしいもんだ。  変な声出たじゃないか。 「......ご、ごめんね? 出直すね」 「待て待て! 何もないから! びっくりしただけだから!」  お陰様で、えちえちな事をしていたわけではないが、妙な空気になったじゃないか。どうするんだよ。この空気。 「隊長!私は、あんなことやこんなことをしていたと思う所存であります!」 「軍曹! 僕のことは、マスターと呼べ!」 「マスター? あぁーマスターペンションですね!」  無論違う。 「なんで全部そっちに持っていくの!?」 「だってあの動きは......」  誤解もいいところである。 確かに何もしてなかったわけではない。  何かはしていた。それもばれたくないことだ。それは認めよう。 だが決してマスターペーションではない。  そもそも、この部屋の構造でできないのが、痛いところではある。  とは言え、メリットだってあるんだよ? 例えば、一声で反応してくれるから緊急事態や人手が欲しいときは、一声で一瞬にして駆けつけてくれ るとか。  欠点があるとすればえちえちな音が筒抜けとーゴホンゴホン。なんでもない! 「ほんと、まさか来るとは思ってなかっただけだって!」 「ほんとかな~?」  無論事実である。  真実を語っても伝わらないのは、悲しい悲劇でしかない。 「分かった! 信じてあげるよ! その代わり今度ジュースね!」 「え?」  何の交渉にもなってない交渉に乗るしかないこの状況に、呆れて何も言えないが、ただ一つ言えるとすれば、やっぱ僕何も悪くなくない?である。 「わ、分かりました......」 「分かればよろしい!」 なにもよろしくねえよ! 如何に渋々受け入れたか、どれだけ僕の返答が物語っている事か。何故それで そんなどや顔ができる? 何故それほど満足ができる? 「で、何の用?」 「大した用ってわけではないんだけどね、プライベートトークしたいなぁって?」 「プライベートトーク?」 「そうそう!恋バナとか、?」  なるほどつまり、プライベートトークの為に僕のプライバシー全開を筒抜けにされたということか。  そんなことの為に、と言いたいところではあるが、案外これ興味あるんだよな。 「あ、いいよ」 「ほんと!?」 「ほんとだよ。しようか! プライベートトーク」 「やったぁ!」  無防備にも、寝間着姿で僕のベッドに侵入してきた。並みの男ならおそらくここで、理性を保てなくなる が、僕は違う。  そこら辺の男と一緒にされること自体が侵害でありながら、不快だ。  ふぅーーー。大きく深呼吸をしながら、バレないようにゆっくりと目をそらす。 「ねぇ!」 「わぁ!」  なんでこうも、人の努力を踏みにじれるのか......。  無防備にもほどがあるだろ。なんでそんな近づくの? 互いの吐息がかかる距離まで、グイッとは、だめだよ。 「あわわ、な、な」 「ん?どうしたの?」 「この女、で、できる」  なんて恐ろしい女だ。あざとさの勝利というべきだろうか。  その後は少し話して大いに盛り上がったが、有力情報を手に入れることはできず、ただ僕のマスター ペンションではなく、睡眠時間を削りおまけにジュースを奢るという、訳の分からん状況に陥った訳だが これ如何に?  前日無駄に、長く話したせいか、いつ寝たのかすら、記憶がないのだが、酔っ払いの気持ちとはこれだろうか? 「う、んーー」  ん? なんだ?  横から声がするが、思えばいつもよりベッドが狭い気が── 「ぎゃー!!」 「んー? おはよ、」 「おはよ。じゃねえよ!」  え、なんでここで寝てるの? なんで、こんなとこで寝ちゃってるの? 昨日何があったか思い出せんが、と にかく何も無い事を願うしかない。 「え?」 「なんで僕の部屋で?」 「昨日、こうすけが寝ちゃったから」  理由になってなさすぎる。 この状況で、言うのもあれだが、僕は純粋な青年と有名なわけであって、こういうイベントに疎いのでどうしようもなく、何とも言えないのである。  だがしかし! だがしかしだ! これは逆に言えば貴重な経験をしたってことになるのではないだろうか? 「こうすけおはよ」 「ご飯してくる」 「行ってらっしゃい」  気まずさに、逃げ出したのだが、この後どうしたものか......。 その後は何事もなかったかのように、ご飯を食べて学校へ行く。  もしいつもと違う事があったとしたら、そ れは、その日以来朝早くに家から出るようになったことだ。  大した理由は、なかったのだがそうしているうちに、今まで通り接しにくくなり、今は今までと比べると全く と言うほど関わっていない。  あれから三週間僕らに、依然進展はなく僕はそれに耐えかねて一つの運命を大きく左右する行為を取 ることにした。  人間とは、生涯を共にするパートナーを見つけ共に生きるのだが、そのパートナーを見極める間柄を カップルと、解釈をしているのだが、それになるための手付きをしようと心得ているのだ。  だが、簡単にできることではない。よいちに相談するか。 「お前ら良い組み合わせだろ!」 「お前なんか、嬉しそうな気がするんだが?」 「気のせいだよ」 「ほんとうかな~?」 「至って真剣だよ」  真剣と言いつつ、ニヤニヤしているのが、余計に鼻につく。  そんな奴に、相談に乗ってもらうのは釈ではあるが、如何せん僕にとっての相談窓口が、ここしか無い 為、ここに頼らなければ頼りがないという絶望的状況なので、利用できる部分は、利用させて貰おう。 「で、どうしたらいいかな?」 「どうもこうもねえよ! 告るしか道はねえぞ」 「なぁにぃ!?」 「やっちまったなぁ!」  違う。そうじゃない。 「お前やっぱふざけてるだろ?」 「すまんすまん。話を続けよう」 「告白をするにあたって、何で気持ちを伝えるかが鍵となるな」 「どうすればいいんだ?」 「直接か、手紙かだな」  直接は、可及的速やかに終わらせる事は可能となるが、緊張感によって、速やかにできる保証が、まるでない。よって、却下だ。 「ラブレターでいこう」  僕は! ラブレターを推薦する! ラブレターは、こっちの表情や、相手の反応が見れない代わりに、照れることなく自分の気持ちを筒に隠 さず言えることが大きなメリットである。 「お前がそう言うなら、俺からは何も言わないよ」 「話聞いてくれて、ありがとな」 「誰に送るか、知らんが頑張れよ!」 「え」  はてはて? なにやらおかしな事を言ってやがるが、この達者な口をどう縫えばいいだろうか? 「お前、僕と良い組み合わせって言ったよな?」 「行ったがそれがどうした?」 「僕の話、聞いてて、誰か分からんかったの? 「あ」  こいつ長々とこいつにだけ、説明してやったと言うのに何も頭に入っていない。それどころか、適当に 言っていやがる。こんな奴に感謝したさっきまでの僕の純情を返してほしいものだ。  いや、こいつがこういうやつって分かって相談した僕も僕だ。  醜い争いは辞めて── 「この!!」 「わぁ! 辞めろ辞めろって! 悪かった!」  ノックアウトさせてやる 「悪いと思ってるか?」 「当たり前だろ」 「ならいいんだが」  僕も、こいつのこういうところは、腹は立つが否定する気はない。何も言って分からないやつではないんだ。  言えば理解してくれるんだ。  だから、このことではもう怒らな── 「だから、もう一度一から説明してくれないか?」 「この野郎!!」 「痛い!暴力は良くないぞ!」  一時間以上長々した説明を一つも聞かれていなくて、腹いせに暴力を振るう男か、全く何も聞かず、挙 句もう一度同じ説明を一からしろと言う男。  どちらが悪いのかと言われればどっちもどっちではある気がする。  もう、この話はこいつにはしねえ。 「もういいよ......」 「ラブレター頑張れよ!」 「あ、おう」  ほんと、憎めない奴なんだよな~ そのまま家に帰り、自分の部屋で手紙を何枚も何枚もやり直し、ようやく完成した一通の手紙に想いを込 めながら祈願した。  この想いがとどかぬかもしれない。それでも、もし届く可能性があるとするならば、それは、惜しみなくそこ にかけるだろう。  やらずに後悔するなら、やって後悔しろ!だ。想いを丈に僕は、窓からそっと手紙を入 れた。 気づかれるまでに、どれくらい時間がたっただろうか。  今の僕に、時の感覚などなく、今までの人生よりも 長く感じたかと言われれば感じたし、感じなかったかと言われれば感じなかった。  時の感覚が皆無なのだ。 「ねぇ、これ本気?」 「これって?」 「手紙の事よ」  何のことかは、分かっていたが、気にしてません感をここにきてまだ捨てることができずにいる。  というか、ようやく気づいてくれた! やっとこさだ!やっこさ気づいてくれた! 拳ギュッと握り締めガッツ ポーズを決める。 「考えもいい?」 「考えて」 「分かった。後日また直接話すね」 「うん!待ってる!」  単刀直入に言えば、僕が送ったラブレターに書いたメッセージは、好きという想いと、付き合って欲しい と言う事を綴ったものだった。  即拒否じゃないことにまずは、安堵しよう。 安心しきったせいか、その後は少しして寝てしまったのだろう。記憶が全くない! 「なあなあ? で、どうだったんだ?」 「ん? なにが?」  は? 何コイツ。怖いんだけど。僕、君と話した事ないよね? 朝から、ただでさえ学校に行くってので、憂 鬱な気分なのに、喋ったこともない奴に、急にそんなん言われるとかまあまあ気味が悪いんだが? 「水臭いなぁ。俺らの仲じゃねえか!」 「ハハハ。そうだね」 僕らに、深い仲どころか、浅い中もねえよ! 「んで?どうだったんだよ? 告白」 「は?」  ちょっと待て。なんでこのよく分からんゴリラがそのことを知ってるんだ? この事を知ってるのは、当事者と──  あいつか。 「ちなみに聞くけど誰から聞いたのかな?」 「よいちしかいないだろ」 「だよねー」  あのくそボケが! 人の話を聞かない癖に、余計な事だけ聞いて余計な事だけ流出しやがって! 「お、おい?大丈夫か?」 「あ?」 「ま、まあ落ち着け」 「これが、落ち着ける事か?」  メラメラと怒りの炎を燃やす僕を見て、不味いこと言ったと焦ったのか、フォローしてくるが、もう遅すぎる。 「ちょっと君黙ってて?」 「あ、あぁすまない」  怒りを糧によいちの元に、向かうが恐らく道中怒りの矛先がよいちという事を誰かが、伝えたのだろう。 教室でガクブルしてやがる。  まあ、関係ねえけどな。 「たーなーかーくーん?」 「は、はい!」 「どうして隠れてるのかな?」 「い、いえ! そ、それは......」 「はっきり言え」  これ以上僕の怒りを煽る事は、避けるべきと悟ったのかやはり、自分へ怒りが向けられていることを知っていたらしい。  にしても、情報すげえな。こいつの情報網は、どこまでなのやら。 「そこで、待ってろ。すぐ楽にしてやる」 「ひぇぇぇぇ」 「「はや!」」  あいつ、学校一足遅いよな? 早すぎて蛸の足みたいになってるんだがこれ如何に?  後に、それは、田中七不思議の一つとして数えられ、伝説となるのであった。 「待てごらぁ!」 「ひぇぇぇぇ」 「あ!ラブレター君だ!」 「なんだと?」  学校中に、ラブレターの件が流出し、誰もが僕を見るとラブレターの話をする。  くそがっ!  そんな中優しくしてくれるのは、こいつだけだ。 「みんなあんなん言ってるけど、うちらは気にしないでおこうね」  そんな言葉掛けられると余計に好きになるじゃねえか。  だけど、俺はその言葉だけが発してはならない 事くらいわかっていた。 ただ、みんなからの目が辛かったんだ。  自分のプライドを優先してしまった。それが俺の弱さであり、罪 だ。 「あれ、実は嘘だったんだよね」 「え?」 「そ、そう!別に好きじゃないんだよ」 「なんで......」 「ごめん。これからは友達としてー」 「もう二度と話しかけてこないで」 「え」  違う。そうじゃないんだ。俺はただ! 「そんな最低な人私の周りに要らない」  みんなに、ばれず今まで通りにお前とー 「それと、私は好きだったよ」  一緒に居たかった。ただ、それだけなんだ。 「ま、待って」 「私に触れないで!」  その言葉と同時に顔はもう、俺とは真反対を向いている。  誰も居ない体育館に声が響き渡る。 「ほら? 授業始まるよ? 行ってきな」  優しい口調だ。これが、最後の言葉ってことは、俺にも分かる。 最後に俺の目を見て、笑顔を見せてくれた。  だけど、その眼は充血し、とても悲しい笑顔だ。 あの優しく、可愛い笑顔をこんなにも、悲しい笑顔に変えたのは、他でもない俺自信だだ。 俺の大好きな笑顔を、俺自身の手で、塗り替えてしまったんだ。  俺は、自分自身の為に、大好きな人の大好きだった所を壊してしまった。 それだけにとどまらず、大事な友情までも、壊してしまった。 「ギリギリだな」 「すいません......」 「ん? 何かあったのか?」 「早退します」 「辛そうな顔してるな。明日は元気な姿を見れるように願ってるぞ!」 「はい」  理解のある先生で助かる。 本来なら保護者に連絡をするのだが、保護者が家に居ない事からその作業が省かれ、効率良く早退することができる。  はぁ~憂鬱だ。 その日僕は、悲しい笑顔を残した、あの子をほって家に帰った。その後はどうなったのかは、何も知らない。  だけど、予測することは容易だった。何故なら誰も僕に何も言ってこなくなり、可哀想だなという、憐みの目で、見られているだけだ。  なんで、哀れまれにゃならんのだ? 「おい、こうすけ」 「なんだ、よいちか。どうした?」 「あれ、見てみろよ」  隣の教室で、一つの席に落書きやら、絵具やらぶちまけられており、悲惨な席が完成しているようで。 「関わり合いにならない方がいいな」 「いいのか?」 「いいんだよ。どこぞの誰か分からん奴の為に、できねえよ」  ぴしゃりぴしゃり  水滴が落ちる音が段々近づいてくる。  ふと、そっちを向くと、見覚えのある女が濡れている。 「きたぞ!」 あれは── 「は?」 「ほんとにいいのか?お前の好きな女だろ」 「は?もう関係ねえよ」  心が痛い。本当は助けてやりたいんだ!でもー 「ほら。お前のこと見てるぞ」 「知らねえよ!」 「何笑ってんだよ! 濡れ女!」 「きゃっ!」  あの野郎、! あいつが、何をしたんだ。朝からびしょびしょにされて、席にいたずらされて、更には突き飛 ばされて、全部俺のせいだ。  他人に怒りを向ける事が間違っていることくらい分かってる。でも、向ける相手が、自分自身ならどうする? すまねえ。八つ当たりさせてもらうぞ。 「やめろよ」 「あ? なんだお前」 「おい! なんだてめぇー」 「いいか? よく聞け! 確かに笑えるよなー? びしょびしょに濡れながら教室に入って、こんな汚い席に着く女なんて、笑いしか生まれねえよな?でもな? それ以上にてめぇらのやってることのが、笑えるんだぜ?」  俺は、力一杯くそゴリラの胸倉を掴んで、怒鳴り声を上げた。 「もういいから!」 「おま、何を!」 「きゃっ!」  こいつ自分からゴリラを助けた挙句、俺の手を使って殴られた演技までかましやがった。 何を企んでやがる? 「なんだ、お前もこいつを殴りたかったのかよ。いいぜ」 「「「やれやれ!!」」」 「ック。もうしねえよ」  なにを、あいつ考えてんだ。いや、分かってるんだ。この展開がまさに筋書き通りなんだよな。想定外 は、俺が入り込んでしまった事。  庇おうとした俺を、いじめっ子側につけて巻き添えを喰らわないようにしたんだよな。だから、ゴリラを助けた際に、俺に耳打ちであんなこと言ったんだよな。  ほんと、自分勝手な女だ。  だったら俺はもう助けないね。 こうして、いじめは、収まることなく何ケ月も、続いて、いつしかあいつは、母に連れられて、もう俺達誰の 前にも姿を見せることはなかった。  全て俺のせいだー ※  そして現在ー 「おい?よいちお前知ってる女だぞ?」 「俺も今の話を聞いて驚いたよ」 「驚いたよじゃねえよ!どんだけ人の話聞いてねえんだ!」  こっちが驚いたわ。  話聞いてる聞いてない以前の問題だろ、これは。 「とにもかくにもだ!その幼馴染が、橘結衣である可能性は?」 「ねえな」 「理由は?」 「もし、橘結衣が、俺の幼馴染だとしたら、俺に深い恨みを持っているはずだ。それで、俺に近づいて何 をしようと?」 「恨みを晴らしに来たんじゃねえか?」  なるほど、それなら納得がいく。と、言うよりすべて繋がる。  あの時、自分の運命を変えた俺に復讐をするためにわざわざ遠くからはるばる来たというわけか。  だがな、俺は逃げねえ。例えそうだったとしても復讐を受けなければならないほどの罪を犯した。罪を憎 んで人を憎まずと、言うがおれは、許されたいとは思わない。  むしろ罪を償いたいとすら思っている。 もしここで、あいつの復讐を受けて許されるのならば、喜んで受け入れよう。  だが── 「その可能性はほぼゼロだな」 「なんでだ?」 「容姿も喋り方も全然違う」 「そんなもん何年も経てば変わるだろ」 「ずっと一緒に居たんだ違いは分かるさ」  雰囲気や、声色が全くの別人だ。断言しようあれは、別人だ。 「それもそうか、だったらあれは何だっていうんだ」 「モテない妬みをいつまでしてんだよ」 「そういうわけじゃないけどよー」 「さぁ。帰った帰った」  その勢いで、よいちを帰らせて明日に備えることにした。  ー翌日ー 「ねえ! ダーリン! あれ乗りたい!」 「馬鹿言っちゃいけえねえぞ! あんなもん俺を乗せたら、たとえ神が許しても、俺が許さねえぞ!」 「ふーん? じゃあ橘結衣と一緒に私、安全バーなしで乗るよ?」  メンヘラか! どこぞの結衣か知らん女で脅すな! 「あのなぁ~俺とそいつに関係性はねえ。そいつが死ねば、厄介な面倒ごとから解放されるし俺からす れば、何の問題もないわけだが?」 「乗っちゃうよー!」 「好きにしろ」 「人殺しだね。一生背負って生きるの?」 「あー。分かったよ」  待ち時間は50分ほどだ。すくのを待とうと、提案は何度かしては見たのだが、「今が一番すいてるの!」 と言う事をろくに聞かず結果的に50分待つことにした。  50分程待った末に待っていたものは、自分が病に感染していることを忘れさせるほどの恐怖と絶望で あった。  何から語ればいいのやら。まずは、安全バーという名の手錠をはめられた瞬間、逃げられない恐怖と逃 れられない運命への絶望感に満ち溢れた。 それに、加え笑顔で行ってらっしゃいと言われる訳だ。ジェットコースターという名の、牢獄に俺を閉じ込 めておきながら笑顔で手を振れるこの者たちの精神の強さは、どうなっているのだろうか? 動き始めたコースターは、じわじわとと上に登るにつれ、俺の顔色を真っ青に変えていく。 、そして、誰も求めていない急降下を見せつけてくるのだが── 「ねえ、ダーリン! 今のこの瞬間が堪らないね!」 「そ、そうだね」  横で、なんかワクワクしてる奴が、居るがこいつは知らん。 と、言うよりどんなタイミングで声かけて来やがる。  今から昇天しようという時に、昇天が遅れて、地獄を味 わいながら地獄に行ったらどうするつもり── 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 「「「「きゃーーー」」」」  そのあとのことはあまり覚えて居ないが、俺は、恐らく恐怖へのタイムマシンに乗っていたのだと思う。 「次はあれ! あれに乗ろ!」 「いや、待て」 「なに?」 「今のうちにご飯に行った方がいい」 「確かにこれ以上遅くなると混んじゃうもんね!」  現在十一時ちょうど。少し遅いくらいだが、十二時に行くよりはまだましだろう。 遊園地内にある、ピザ屋さんでピザセットを頼み、一息つく。  ピザ三枚とドリンクとポテトで千五十 円と少し高めだが、まあ仕方がないだろう。 「じゃあ、行くか」 「うん!」 「お、おい......」 「ん? なぁに?」  なんでわざわざ腕に抱きついてきやがる。こんなもん見られると恥ずかしいじゃねえか。いいや、それより この状況が、既に恥ずかしい。  胸にギュッと当てられた腕は、疲労感を忘れ幸福感に満ちていた。 柔らかさもありだが、決して弾力も忘れない二点が備わったこの胸は贅沢が過ぎるのではないだろうか? 「次、メリーゴーランド乗りたい!」 「おう、いいぜ」  先に、こっちに乗りたかった。一番怖い奴に乗ったせいか、もはや回ってる気がしない。 それは、見ているから、そう感じるだけだろうか?乗ってみれば変わるかもしれんな。 「ねぇ! 楽しいね!」 「うん! そうだな!」 「愉快だね!」 「愉快なBGMだね!」  ってなんで、動かねえんだよ! 一瞬思考停止したわ!  BGMの愉快さに脳まで愉快に汚染されたわ! まさかBGMだけが回るメリーゴーランドが、存在するとは思わんだ。  それに対して誰一人としてツッコま ないこの状況はどうなんだ? 催眠術師によるメリーゴーランドを終えた俺達は、次はお化け屋敷に目が行く。  怖いのは、重々分かってはいるのだが、この遊園地の一番の売りらしく作り物とは思えないリアリティー と、予測不可能な展開が特徴らしい。 「次はー」 「あぁ。分かっている」 「じゃあ!」 「少し心の準備をさせてくれ」  一番の売りと言われれば、恐怖より好奇心が勝ってしまうのは、人間の不思議なところである。 呼吸を整えいざ参る! 「これを、並ぶのか?」 「す、すごいね」  呆気に取られるのも無理はない。長蛇の列いや、大蛇の列と言うべきか。  圧倒的存在感を放つお化け 屋敷にあり得ないほどの長い列が続いている。 これなら充分心の準備ができたのではないだろうか? 「後何分待ちだよ」 「知らないわよ」  待ち時間の長さに苛立ち始める男女も多々見えた。それもそのはずだ。待ち時間が伝えられず、進むス ピードは、早いのだが如何せん列が長すぎて進んでも進んでも進んでないように感じる。 これもメリーゴーランドの効果だろうか? 「これ十七時までに、行けるのかな」 「シャレにならん事を言うな!」 「そん時は一緒にー」 「死なねえわ!」 「ちっー」  なんて恐ろしい事を考えやがるんだ。列の長さを言い訳に道連れにしようとしやがる。油断も隙もねえ女 だ。  認めたくはないが、そんな女に少しずつではあるが惹かれている自分がいるという事実を信じたくはない が、目に見える確実な事実だ。  そんな他愛もない話をしているとあっという間に俺達の番が来た。 中に入るとまず最初に目に入ったのは、包帯を巻いたナースだ。 「あ! 私を看護してくれた人にそっくり!」 「例の亡くなった人か?」 「そうそう!」  お化け屋敷で、亡くなった人の話をする奴があるか! 怪談話はただでさえ怖いのに、お化け屋敷でしてしまうとそれはもう、怪談話ではなくお化け屋敷のオブジェなんだよ。 「あのなぁ~結衣。どこでなんちゅう話をしてくれんだ」 「盛り上がるでしょ!」 「盛り上がらんわ! むしろ縮れるわ!」 「そりゃ駄目だね!」  ほんとにこいつは、分かってるのか?  まあいい、こんなぶっ飛んだ奴とはもう数時間でさらばだ! もうちょいで、お別れか......。  いかんいかん! 死ぬべきウイルスが消滅するだけで何を悲しんでいるん だ俺は! 「そういえば、初めて結衣って呼んでくれたね」 「初めてだったか?」 「そうだよ! 橘さんとかそんなんだったんだよ!」 「わりぃな」 「残りの時間、結衣って呼んでくれるなら許してあげます」 「嫌なこった」 「ハニーでもいいんだよ」 「結衣でお願いします」  俺が嫌がる事を的確にしてやがる。ほんと最近出会ったどころか、昔から俺を知っているみたいだ。 「なあ? 結衣?」 「なぁに?」 「昔俺と会ったことあるか?」 「へ? 何言ってるの?」 「そうだよな」 「あるに決まってんじゃん」 「なぬ!?」  想定外の返しに、変な声が出たわ。それだけ動揺してるってことか。  やはりこいつは、俺の幼馴染の── 「私達は、生まれる前から出会うことを運命に決められてたんだよ? それは昔から、こうすけと出会ってても不思議じゃないよ」 「それってオカルトじゃね?」 「そう捉える人もいるね」  そう捉えねえ人のが少ねえよ。 「つまり、物理的に会った記憶は?」 「ないね」  やっぱりそうか。こいつは、俺の幼馴染のあの女じゃねえ。その証拠にオシャレに興味もないあの女が、 アクセサリーなんてつけねえだろ?  結衣がつけてるのは、正真正銘アクセサリーだ。 「何見てるの?あーこれ?」 「珍しいブレスレットだな」 「これはね、橘結衣の一番大事な物なの」  大事にしてることは、分かる。年期は感じるがそれでも綺麗にされていることを見るとよっぽど大事なのが伝わってくる。 「形見にあげようか?」 「人様の大事なものを勝手に渡そうとすな!」 「冗談冗談」 「ったく。さっさと行くぞ」 「はーい」  このお化け屋敷のテーマは恐らく、病院だろう。 手術室にある非常口から抜け出せればゴールらしいのだが、全然手術室の影すら見えないのだが? 「ねぇ! こっちに隠し扉あるよ!」 「でかした!」 「やったね!」  見事扉の先には手術室が、ドーンと身構えており、入ることを躊躇させるほどの威圧感である。  恐る恐る扉のドアノブに触るとやけに生暖かい。 「ん?」 「こんにちわぁ」 「ギャァァァァ」  予測不能すぎるだろ。ドアノブの位置にゾンビメイクした男の手があるなんて誰も予想つかねえわ! こんにちわぁってどういう気持ちで言ったのかは疑問である。 「びびりすぎでしょ」 「びびるわ!」 「私が先頭行ってあげようか?」 「そんなみっともないことできるかよ」  恐怖を噛みしめ、覚悟を決めた。  このお化け屋敷には、法則がある。  恐らくだが仕掛けを決めているのは個人個人だ。 何をモデルに仕掛けを考えているかというと、定期的に行われているお化け屋敷の仕掛けアンケートだ と思われる。  前回のアンケート結果は俺も見た。 つまり、そのアンケートの回答になかった所に確実に仕掛けがあるということだ。  次は、本当に戸を開けて中へ入ると、手術台の上に布団が置いてある。 明らかに膨らみを見せる布団だが当然あそこには仕掛けはあるのだが、恐らく本命はあこではなくべつ に隠されていると予想する。 「なあ? 結衣」 「ん? なぁに? ちびった?」 「ちびんねえよ! 結衣ならどこに仕掛けをする?」 「ん~そうだねぇ。非常口らへんかな」  そうだよな。俺も同じ意見だ。だがそれは、駄目だ。  今まで看破されたことのないお化け屋敷だ。客の俺らが二人とも思いつくようなのじゃ、きっと裏をかか れてしまうだろう。  つまり本命の仕掛けは── 「すごい! なんでわかったの?」 「店側の立場になって考えたんだよ」 「すごいね! ダーリン!」  少し照れるじゃねえか! 相手はプロだ。自分達が仕掛けたい場所に仕掛けるのでは、文化祭のお化け屋敷程度だろう。  客が何 を求めているかを考えたうえで行動してくるはずだ。  つまり── 「ねえ! いこ! ゴールだよ!」 「ちょ! 待てよ!」  最後まで言わせろよ......。 「なんとか、ゴールできたね!」 「そうだな」  今の時刻は、十五時。時間は刻一刻と迫っている。 「ねえ、最後に観覧車乗りたいな」 「あぁ。いいぜ、今ならまだすいてるし行くか」 「これで、最後だね」 「......そうだな」  自分でも驚いたが、結衣のその言葉に悲しんでいる自分が居る。 同情もある。  だが、ほとんどの感情が悲しさと寂しさでできている。 どうしてこうなったのか。ほかに手段はなかったのか。 そんなことを考えている俺だが、楽しそうに笑顔で振る舞う結衣を見ていると、考えるのもやめてしまぅ た。  一番怖いはずの結衣が、笑顔でいるのに俺が悲しんでちゃいけねえよな。 その思いを糧に少し我慢をしてみるか。 「十五分待ちかー」 「これならいけるんじゃねえか?」 「間に合うね!」  一周十分程度なので、十五時半には遊園地を出ることができ結衣を遠くに行かせることができる。 プラン的には何の問題もないのだが、俺の心が憂鬱さは、とどまることを知らず増していくばかりだ。  さっきのに比べれば、十五分なんて時間が過ぎた気がしないほど短く、時を忘れながら待ち時間を過ごした。 「ついに乗れるね!」 「遂にって言うほど待ってねえけどな」 「いいのいいの!」 「だな」 「いこ」  こ、こいつ! さりげなく手握るなってんだよな。  こっちは、心の準備が全くできてねえんだよ。 「ねぇ! さっきのお化け屋敷あるよ!」 「うわぁ。相変わらずすげえ行列だな」 「人がごみのようだね」  なんちゅうこと言いやがる。だが、気持ちは分からんでもない。ここから見れば、人がゴミのように見えるの は当然だ。  自然の摂理というものだ。 「もう頂上だね」 「だな」  この流れはまさかとは思うが......。 「ねぇ、こうすけ?」 「......。な、なんだ?」 「チューして?」  俺がするんかい! 待て待て。キスなんてしなことねえ俺が、キスを積極的にするだ? そんなことができるわけねえだろ! 「何言ってんだ?」 「だーかーらーチューしよ?」 「いや、それはわかってるんだがよー? なんで付き合ってもねえ俺らがキスしにゃならんのだ?」 「今日だけはカップルだよ」  そうだった。妙な約束を交わしたことをすっかり忘れてた。 「で、でもよ......」 「ほら! 速くしないと一番下に行っちゃうよ!」 「分かったよ」  グイッと手を結衣の頭に回して、俺の方へ寄せた。やったことはないが高等テクニックの一つである俗に いうホールドキスという奴を無意識にではあるが、遂行してしまっている。  柔らかい結衣の、唇の感触が俺の唇に伝わってくる。初めてのキスの味はとても甘くそれでいて、フルー ティーだ。  さながら果汁シャワーの如く。 「ありがと!」 「なんも言うんじゃねえよ......」 「顔真っ赤だよ?大丈夫?」 「うっせえ!」 「ふふ」  そりゃ赤くもなるだろ。ファーストキスの相手がこんなにも、可愛くて更にはキスという概念を超越するほど に、甘いキスを味合わせてくれたんだぜ?  まあ、初めてだから概念なんか知らんけどな。 「お疲れ様です」  係員の人に一声掛けて遂に約束の時間が来た。 そんなこんなでほぼ一日中遊び呆けて、長い時間をウイルス美少女と過ごした訳だが、その時間ももう 終わりだ。 「今日はありがとね」 「あぁ。こっちこそ、ありがとな」 「楽しかったよ!」 「俺も楽しかったぜ!」 「大好きだよ」  大好きだよと言う言葉が耳に届くと同時に、俺の頬にも温かく柔らかい感触が走る。 「お、お前! なにしやがる!」 「愛の証明だ」 「ったく。そろそろ行くからな!」 「うん! ありがとね! これからは、橘結衣をよろしくね!」  何処か寂しそうでいて、それでいて 嬉しそうでもある、歓喜と悲壮のハーフアンドハーフの表情を浮かべている。 「なんで俺が、知らねえ女の面倒を見なきゃならねえんだ」  ったく最後まで勝手なウイルス彼女だったよ。それでも悪くなかったな。  いいや、あいつはウイルスだ!消滅することによって、橘結衣も俺も、世界中の人も救われるんだ。 みんなが笑顔になるフィナーレなんだよ。  なのに、どうして俺はこんなにも、涙を流してるんだ? みんなが笑顔になるだ? 俺は笑顔じゃねえよ! 生まれたくて生まれたわけじゃねえあいつにあんな悲し い顔をさせて、それで最後は消滅だ?それはあまりにも惨い最後じゃねえか? そんな悲しい最後を救えるのは誰だ? できる奴がしなくてどうする。  だから、もう正しいことをするのは辞める。やりたい事をさせてもらうぜ。  今やるべきは3キロ以上離れて、消滅を確認し、解放される事じゃねえ。          ※ 「最後まで思い出してくれなかったね、結衣ちゃん。でも彼は、君が見込んだ通り良い男だったでしょ? 君も、もう私から解放されて、自由なんだから。なのにどうしてそんなに泣いてるの?」 「おい! 結衣!!!」 「どうして、来ちゃったの!」 「気づいちまったんだよ。お前の優しい嘘にな!その嘘が俺をここまで連れて来た。結衣を一人で行かす事は、俺にはもうできねえ」 「馬鹿じゃないの!? 私は、ただのウイルスよ? 橘結衣じゃない!」  んなこと俺にも分かってんだよ......。けど、俺には俺を止められねえ。言葉が俺の意思とは無関係に出 てくるんだよ。 「お前は、俺に最初に橘結衣って名乗ったんだ!最後まで橘結衣になりきれよ! 諦めてんじゃねえよ! お前も中で聞いてんだろ! 橘結衣いや、大葉優菜」 「なんでその名前を......」 「なんでだ?そいつは、俺の幼馴染だ。忘れるはずねえだろ」 「見た目も全て違うのにどうして、?」  正直、ここに戻ってきてなかったら気づかなかっただろう。けど、今なら分かる。  橘結衣なんて人間は居 ねえ。俺を騙すためかなんの偽名かは、分からねえ。 けどな? 消滅しかけてるせいか、中の優菜が出てきてるんだよ。 「その眼だよ」 「え、?」 「優菜の目は、両目の色が違うんだよ」 「そっか、もう消えかけてるんだね。時間だよ」 「お前は俺と居ろ」  これは、精一杯の俺ができるウイルスいや、結衣への救いだった。 このまま消滅してしまう、孤独な結衣へのせめてもの救い。それが俺が彼氏として最後まで寄り添ってや ることだ。 「そんなの無理だよ......。大好きだから、消えてほしくないから、早く行きなよ!」 「どっちにしろもう時間はねえよ」  こいつは、昔俺のせいで人生が狂ってしまった俺の幼馴染兼初恋相手の大葉優菜だ。どうして戻ってき たかは分からないが、この眼の特徴は、間違いねえ。 十六時五十七分 「......」 「大丈夫か!結衣! 血が出てんじゃねえか」 「もう時間なんだよ? 思い出したのなら、なおさら来たらダメじゃん。この体の持ち主である優菜ちゃんと 一緒にならないと」 「ねぇ、どうして私を結衣って呼ぶの?」 「お前が、そう呼べって言ったんだろ」 「本当は、そんな人物いないよ?」 「いるだろ、俺の目の前に。それに、橘結衣ってのは、お前が橘結衣として生きていこうとした名前だ ろ? つまりお前がなりなかった名前だろ。だったら呼ばない理由は、ねえだろ」 「......ありがと。ほんとに、ありがと」 「それにだ、俺は優菜が好きなんじゃない! お前が好きなんだ! ウイルス女! お前と居れば楽しい。お前とならどこにでも行ける!お前が居れば他に何もいらねえ! だから、お前の居るところが俺の居場所 なんだよ! だから、俺も連れて行ってくれ」 「ば、ばか......」 「泣くなよ。ハニー」  確かに優菜の事を好きな時期は、あった。そして不完全燃焼でその恋は、終わってしまった。いいや、 終わらしてしまった。 だからこそ、あいつには俺じゃあダメなんだ。  俺があいつと寄り添う資格なんてねえ、! それにだ、今何も考えずに好きと思える存在は橘結衣ただ一人だ。  だから、俺は何も後悔なんてねえ。 こいつと一緒にずっと居れるんだぜ?そんなもん後悔どころか、それが唯一の手段ならば俺は喜んでその手段を選ぶ。  十六時五十八分 「ねぇ、優菜ちゃんと何があったの?」 「答えなきゃダメか?」 「答えてほしいなぁ」 「俺が、あいつを裏切りその結果、あいつを最悪な結果に陥れた」 「それについてどう思ってるの?」 「許せねえし、許されねえ」 「後悔してるんだ」 「悔やんだところで、もう遅せえよ」 「でもね?優菜ちゃんは、こうすけの事憎んでないと思うよ?」 「憎まれてなかったとしたら俺は自分を許さねえ」  当然だ。許されて堪るか。俺は結局傷つけるだけであいつに何かをしてやることができず最悪の物を渡 してしまったんだ。  そんな俺を許すとしたら、俺は自分自身をぜってえ許せねえ。 「堅物だなぁ~」 「ケジメだからな」  自分の罪を戒める俺に優しく、手を握り何も言わずただ、だんまりして首を横に振る。 その温かいぬくもりの中に優菜の面影を感じる。 もしあの時、自己防衛をしなければこのぬくもりをもっと早く感じることができたのかもしれない。  もしあの時、優菜の事をもっと考えていればこんな重い罪を背負うことなんてなかったのかもしれない。  初めて感じるぬくもりのはずなのに、優菜の姿が薄っすら感じるからか、懐かしくも思えた。 「ねぇ? こうすけは、優菜を傷つけてしまった事を後悔してるんだよね?」 「当然だろ。それだけじゃねえがな」 「だったら、尚更言わせてもらうね。こうすけがそのことで罪を感じてること。自分の中で自分を許せな いって思ってることで、優菜は自分の事を許せなくなっちゃうよ?」 「んなわけねえだろ」 「優菜はこうすけに前に進んでほしいんだよ」  俺は、あの頃から一歩も前に進めてねえ。それどころかどっちにどう進めばいいかすら、分からねえ。 だけど、もし誰かが導いてくれるなら、この肩の荷を下ろすこともできるのかもしれない。 「俺は、前に進んでいいのか?」 「いいのよ! ねっ!」 「分かった。ありがとな」 「んーん! これが、私達の願いだよ!」  ありがとな......最後の最後で、結衣に出会えて、優菜に再会できて本当に良かったと思ってるよ。  俺は、あのまま死んでいたら、何も知らず後悔したまま人生を締める事になっていた。 確かに後悔していないと言えば嘘になる。けど、暗く霧のかかった心に一筋の光がさしかかった気がする。  十六時五十九分 「最後に聞かせてくれ。俺は、お前の病を治す薬になれたか?」 「当たり前の事聞かないで。万能薬よ」 「そ、そうか!よ......良かった」 「そうよ」  俺が生きていた意味はあったんだな。あの時、自分の存在する意味を失った俺だが、それがきっかけと も言える出会いをしてあの時の事すらも解決に導かれた。  本当に俺は、この人生最後に失った大事なものを取り戻し、それどころか初めての彼女も出来て、デー トして最高の一日だったよ。  もう未練はない。  十七時00分  この時世界では、ある地域で数万人にも及ぶ人が原因不明の病によって、人生を終えた。そんな中涙 を流しながら、だが決して、悔いのない人生を謳歌した。  そんな表情を浮かべる少年が居たとか。 「ありがとね、こうすけ。もう一人の私を救ってくれて......。私は大丈夫! こうすけが居なくなったって、一 人で勝手に幸せになるんだから!だから、こうすけももう一人の私と幸せになってね!人の幸せの形は 人それぞれのモノ。誰にもその形を否定する権利なんてないんだからっ!」  薄っすらと聞こえる懐かしい声が心地いい。    最後に優菜の声も聞けるなんて本当に良かった。  安心して眠ることができるよ。 ーそして私は知るー 「おい! 優菜! できたよ!」 「うんっ!」  私の、楽しみの一つ。それは、大好きな大好きな幼馴染のこうすけと食卓を囲むこと。 でもね?この気持ちは、出しちゃダメなの。だってね? 私に好かれるなんてこうすけが、可哀想だし、 きっと迷惑かけちゃうもん!  そんな大好きな日常は大きく変わってしまったの。  こうすけから一通の手紙が送られて来るまではね。  って言っても、隣の家なんだけどね。 「ねえ! こうすけからラブレター貰っちゃったんだ」 「あのこうすけが!?」 「そうなの!」  私は、皆には隠しているこうすけより仲がいいくらいのお友達がいるの! その子に私は、相談してるだけ ど、やっぱり喜んでくれてる! 「良かったね!ずっと言ってたもんね!」 「やっと叶ったよ~」 「泣かないで!頑張ったんだから報われて当然だよ!」  私の目からは、滝のように涙が溢れている。泣いても泣いても泣き足りないよ。そんだけ嬉しいんだもん!  ずっと前から好きだったんだから!でもね?私は緊張のあまり── 「付き合ったの?」 「緊張のせいでね、考えさしてって言っちゃたの」 「どうするつもりなの?」 「断る理由なんてあると思う?」  私には、断る理由なんてないも~ん。だってね?私の大好きな大好きな王子様なんだよ? ずっとわたしの物になってくれたらなぁと思ってた。  でも、それは、無理だと諦めていた。だから、私はそっとしておこうと決めてたの。でも私の想いは消える ことなんてなく、ずっとこうすけの事を思ってきたの! 「もっと考えた方がいいんじゃない?」 「もう考えたよ」 「そっか!」 「だからもういいの!」  たわいのない会話を弾ませながら、返事をするその日を待つ。 ー現代ー  だけど、君のせいでそんな日は来なかったね。  田中よいち。
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