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「今日はもう上がっていいよ。」 マスターにそう言われたあの日、俺が素直に帰らなければ何かが変わっていたのかもしれない。 いや、その前に何度もチャンスはあったはずだ。 「高校時代からの悪友」とマスターは言っていたけれど、側からみたらマスターがあの人のことをめちゃくちゃ好きなのは明らかだったし、その上で気持ちを伝える気が無さそうなのも俺は気づいていた。 だから油断してた、といえば、そうかもしれない。 2人がどうこうなるなんて思っていなかったんだ。 今日あの人が店に来た瞬間「あ、この人達なんかあったな?」ってすぐに分かった。 何か具体的な言葉があるわけではなかったけれど、とにかく2人からピンクのオーラがダダ漏れ。 すっかり打ちのめされて、俺の片想いは終わった。 あの店でバイトを始めたのが1年前。 思えば一目惚れだった。 あの時気持ちを伝えていれば、という場面がいくつもいくつも浮かんでは消えていく。 こんなことになるのならキスのひとつでもしてやればよかったな。 そんな度胸一ミリも無いのだけど。 「あ〜ぁ。」 バイト帰り、駅前のロータリーの階段にうっかり腰を下ろしてしまったら、もう立ち上がる事ができない。 終電はとっくに行ってしまった。 ていうか、明日からバイトどうしよう。 「行きたくねぇー……。」 両手で顔を覆い、独りごちる。
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