もどるな。

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 その範囲以外は他の販売会社(もしくは、他の支店)の担当であったりするので、ブッキングすると非常にまずいことになるのだ。今の担当さんからも、“もし担当エリアで違う支店や担当者の名前が入ってたら教えてくださいね、上に報告するので”と素晴らしく黒い笑顔で言われているので知っている。お互いの領域を守って仕事をする、というのが彼らの業界ではルールとなっているらしい。マナー違反をやらかしたのがその担当者なのか、あるいはその担当者が使っていたポスティングスタッフなのかはきちんと調べなければいけないということだろう。  つまり、チラシが余ってしまったからといって、適当なところに配って帰っていいなんてことにはならないのだ。  配っていいよと決められた範囲の中で、必要枚数を配りきって帰らなければいけない。出発前に綿密な枚数計算が必要なのは、そのためなのだった。 ――四丁目、できれば行きたくねーんだよなあ。坂多いし……広いわりに、家が密集してねえし。  スタッフが一番嫌がるエリアは、一つ一つの家が離れていて長距離を歩かなければならなかったり、坂が多くて歩くのがしんどい場所と相場が決まっている。四丁目はまさにその両方の条件を満たす地域で、なるべくならあまり配る機会を増やしたくなかったのである。 ――そりゃ、ダイエットしたくてこの仕事始めたけどさあ。そもそもデブなんだから、あんま歩かせるようなことさせないでくれよっつーか。  大学に入って半年。高校受験のストレスでお菓子を食べなくってしまい、体重が十五キロも増えてしまった俺。この仕事を始めたのは、そんな増えすぎた体重をどうにか落として、健康な体を取り戻すために他ならなかった。ポスティングスタッフというものは嫌でも長距離を歩くことになるので、ダイエットには最適なのである。加えて、俺はお世辞にも社交的な性格とは言えない。接客業なんてものが出来る自信もなかったし、金額そのものは安いとは言え、人と特に接する必要もなく自分の最良でできるこの仕事は比較的向いているものであったのだ。  そう、だから。広い範囲で、坂道を歩かされることは、その目的からすれば本望と言うべきことなのかもしれないのだけれど。 ――体力、もつかなあ。つか、四丁目だったら百枚ちょいしか配れないんじゃなかったっけ。……遠回りして六丁目の方にも寄って、残りは捌かないと駄目かあ。持って帰ったらもったいないし、意味ないし。
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