もどるな。

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 ペットボトルのお茶をぐいっと飲むと、俺はハンドタオルで汗を拭いて立ち上がった。四丁目でポスティングをしたことは過去に二回だけあるが、その時は坂田の言葉を忘れ、神社を素通りしてしまったのだ。思い出したからには、そこの社務所のポストにも一枚入れて来なければいけない。  俺はてくてくと、境内の入口のある立札をまじまじと読む。  そこには、このようなことが書かれていた。 “●●神社での心得。  ①鳥居は、小さなものから順に三つ通るべし。  ②鳥居を通ったら必ず賽銭を入れるべし。  ③帰りは鳥居の外を通るべし。  ④【何が起きても絶対に、鳥居を逆向きに通ってはいけない。】”  最後の四つ目の項目だけ、赤い文字で妙に強調されていた。 「おいおい、絶対賽銭入れろって、どんだけがめついんだよ」  俺は思わず声に出して笑ってしまった。慌てて周囲を見回す。神社の神主さんとかバイトの巫女さんに聞かれたら、絶対気を悪くするだろうと思ったからだ。  幸い、境内はしん、と静まり返っている。俺は安堵すると、鳥居を潜って中に入り、そのまま本殿ではなく社務所へと向かった。  チラシ配りというのは何も悪いことをしているわけではないが、それでも人に見つかるのは気まずいものがある。誰も来ないうちにさっさとポストに入れてしまおう、と俺は社務所の玄関横に据付られた赤い郵便マークのポストにチラシを滑り込ませた。  あとは、このまま戻るだけなのだが。 「……小銭、五百円と百円しかねーんだけどな、今」  さっきコンビニで飲み物を買う時に、細かいお金の殆どを使い切ったことを思い出した。さすがに、残る五百円玉と百円玉を、賽銭なんぞに使うのはもったいない気がしてしまう。 ――ま、いーだろ。ひとりくらい、賽銭入れない人間いたって。何も参拝客ってわけでもねーし?  そもそも、行きに鳥居の中を通らなければ良かったんだろうか、と後で気づいた時にはもう遅い。何にせよ、お賽銭には最高でも十円もまでしか使わないと決めていた俺は、そのまま本殿に寄らず鳥居の外側を通って神社を後にしたのだった。  その選択が、大きな間違いであったとは気づかずに。
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