もどるな。

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 そう、だから。広い範囲で、坂道を歩かされることは、その目的からすれば本望と言うべきことなのかもしれないのだけれど。 ――体力、もつかなあ。つか、四丁目だったら百枚ちょいしか配れないんじゃなかったっけ。……遠回りして六丁目の方にも寄って、残りは捌かないと駄目かあ。持って帰ったらもったいないし、意味ないし。  つらつらと考えながら、長い長い坂道を登る。この坂を登りきったところに、マンションや戸建が点在する広い広い四丁目エリアがあるのだ。最寄り駅から行って帰ってをするために、毎日この坂を登っている住民達は気の毒だとしか言い様がない。  自分だったら、いくら駅から遠くなくても絶対ここの付近で家なんか買わないけど。そんなことを思いながら、滑り止めの丸いヘコミがついた坂道を汗を垂らしながら登って行く。 「ふいいい……」  まだ一枚も配っていないのに、坂道を登りきる頃には俺は息も絶え絶えとなってしまっていた。これから配布本番だと思うと、心底げんなりしてしまう。 「坂田さーん……俺もう、ここに配るの嫌だって言ったじゃないですかーもー……この坂道見てから言ってくださいよ、まったくもー……」  思わずグチグチと呟きながら、すぐ傍の公園のベンチに座って一息ついた。まだ蝉が鳴いているような八月下旬。陽が落ちてきた夕暮れの時間帯を狙って出発したとはいえ、少し歩けば汗だくになるくらいには日差しが強い。  リュックからペットボトルのお茶を取り出して、公園から見える神社を見た時――なんとなく、既視感を覚えた。あの神社に入る時には、立札を見て規則を確認するように担当の坂田からは言われていたのを覚えている。ただ、自分は以前此処に来た時は神社そのものを素通りしてしまい、一度もあの立札を見たことはなかったはずなのだが。 ――俺、それ以外で此処、来たことあったっけか?  三つ並んだ、黒い鳥居。それから、妙な規則が書かれた立札。  なんだか見覚えがある気がするのは、気のせいだろうか。
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