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この思考、この台詞。前にも全く同じことがあったような気がしている。最初はなんとなく夢にでも見たのかと思ったが――そうではない。
リュックにペットボトルを入れて、公園の目の前の神社に慌てて近づく。入口の立札。自分は、きちんと読んだことなどないはずなのに。
“●●神社での心得。
①鳥居は、小さなものから順に三つ通るべし。
②鳥居を通ったら必ず賽銭を入れるべし。
③帰りは鳥居の外を通るべし。
④【何が起きても絶対に、鳥居を逆向きに通ってはいけない。】”
「おいおい、絶対賽銭入れろって、どんだけがめついんだよ」
ぞっとした。
自分はまた、同じ台詞を言っている――ほぼ無意識に。
――……おかしい。やっぱりおかしい。俺、何回……此処に来た?何回、この神社で同じ台詞を呟いてる?
ざわり、と背筋に冷たいものが走る。八月が、終わらない。蝉が、鳴き止まない。そもそも今日は本当に八月だっただろうか。そういえば曜日は。大学は、あと何日で再開されるのだったか。
――戻らなくちゃ。
鳥居を通って、社務所へ。震える手でポストにチラシを入れる。
「……小銭、五百円と百円しかねーんだけどな、今」
何でだ。何故、もうそんなこと思っていないのに勝手に口が喋るのか。自分は一体どうしてしまったのだろう。時間の迷子になった?何故、同じ日が何度も何度も繰り返されている?
――!!
ぞわりと妙なものが真後ろに立った気がして、俺は思わず本殿を振り返っていた。巨大な建物が、真後ろに迫ってくるような気がして悲鳴を上げる。自分は、何かとてつもないものの怒りに触れてしまったのではないか。自分のいる、本来の世界ではない場所に来てしまって、帰れなくなっているのではないか。
――い、嫌だ!嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!
帰らなければ。
戻らなければ。
元の世界に、今からでも。そうだ、きっと、あの鳥居を潜ってしまったのがいけなかった、そうに決まっている。
――戻らないと。
その時。
俺は、“あの鳥居のせい”だと、どういうわけだかそうとしか思うことができなかったのである。あの鳥居をくぐったから異世界に迷い込んでしまったのなら、鳥居を逆にくぐれば戻ることができるはずだと。何故だかそう、信じてしまったのだ。――立札に、書いてあったことさえ忘れて。
――も、戻れ!戻れ戻れ戻れ戻れ!俺が本来いた、世界に!
きっとその時もう、俺は正気ではなかったのだ。本殿側から出口の方へ。大きな鳥居から、小さな鳥居へ。道を逆走し、三つの鳥居をくぐった俺の耳に、その声は低く響いたのである。
『 も ど る な 』
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