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 車に戻るとまた雨が降り出して、フロントガラスの上に雨滴が滑り始めた。 「自由になったら、何すればいい?」  馬鹿な質問だが、本気でそう思ったので私は口に出した。自由や解放は「終わり」とは違う。ゴールにはならない。ある意味、そこから先が一番恐ろしい場所かもしれない。 「なんか、やりたいこととかないの? 子供の頃、夢とか持ってなかった?」 「さあ。夢は妄想するものであって、現実に持ち込めるものじゃないと思ってたから……」  夢という言葉の危うさ、うさん臭さが、昔から苦手だった。決められた時間内に紙に書かされた挙句、廊下に張り出され、授業参観では保護者たちの話のネタとして消費されるだけの存在だ。なんとなく、大人たちが見ることを想定して書かなければいけないような気さえしていた。所詮、私がひねくれていただけなのかもしれないが。 「やりたいことさえ見つかれば、そこから先は行動するだけだから割と楽になれると思うけどな」  瑠衣は靴を脱ぐと、シートの上にうずくまるようにして、膝の上に顎を乗せた。私は沈黙を生み出さないように、また必死に返事を探した。 「やりたいこと……外界と縁を切ることくらいしか思いつかない」  自分でも面白くない冗談を言ったと思った。それでも、半分は本音だった。瑠衣は一瞬顔を顰めてから、「なるほど」と呟いた。どうやら冗談だとは思っていないようだった。 「そういう仕事って何があるかな。他人にあれこれ言われずに、自分自身が独立してできるような……」 「いや、冗談だって。まあ半分は本気だけど、現実的に考えて無理でしょそんなの」  私がそう言った時だった。 「そこまで言えるほど現実を知ってるの? 狭い世界で生きてきたのに」  冷たく刺すような声色に、息が詰まる。 「――さ、帰ろっか。駅前の民宿に部屋取ってあるから、そこまでお願い」  瑠衣の方もまずいと思ったのか、私と目を合わせずにそう言って、シートの上に上げた足を靴の中にねじ込んだ。 「え、実家に帰るんじゃないの?」  てっきり家族の元に帰るものだと思っていた為、私は間抜けな声をあげてしまった。 「帰んないよ。今の私には必要ないから」 「そっか……」 「そんなに悲しそうな顔しないで。私はべつに悲しくない」  エンジンをかけ、ゆっくりと車を方向転換させる。校舎の残骸が夜の闇に溶けて見えなくなっていくのを、私はミラー越しに確認し、小さく息を吐いた。すべてが曖昧で現実味がなく、夢のような気がしてきた。  瑠衣を駅前の駐車場まで送り届けると、何故か猛烈にどこかへ車を走らせたくなり、私は家へは帰らず静かな夜の国道をひた走った。雨はどんどん強くなり、やがて前が見えなくなるほどの土砂降りになった。私は構わず走り続けようとしたが、対向車と接触しそうになったところではっと我に返り、近くにあった寂れたドライブインの駐車場に車を停めた。いつの間にか、来たことのない場所まで来ていた。雨は一向に止まず、まるで化け物のようにフロントガラスを激しく殴り続けている。  ふと、「必ず夜は明ける」とか「止まない雨はない」とかいう、誰かの手垢が付きまくったくさい台詞が頭に浮かび、思わず顔を歪ませた。夜が明けるころには、雨が止むころには、自分は死体になってひと気のない道端に転がっているかもしれないのに。  そんなことを考えていると、ふいに眠気が襲ってきて、私はおもむろに目蓋を閉じた。こんな風に眠気を感じるのは数年ぶりのことだった。  自分が夜明けまで生きのびられる幸運な人間であることを願いながら、静かな眠りの底へ沈む。耳障りな雨音がゆっくりと遠ざかり、やがて何も聞こえなくなった。  
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