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6
それからどれくらい経ったのか、フロントガラスをコツコツと叩く音で目が覚めた。雨音とは違う、自分に対し直接的に訴えるその音に、私は本能的に跳ねあがった。
「おお、良かった。また誰か死んでるのかと思った。大丈夫ですか?」
バイクにまたがった警察官が、ヘルメット越しにこちらを見ていた。いつの間にか雨は止み、辺りは既にうっすらと明るい。時計に目を向けると朝の6時近かった。
「大丈夫です。ちょっと疲れちゃって」
「もうここで寝ちゃ駄目ですからね。あんまり良い場所じゃないし。あと念のため、免許証見せて頂けますか?」
その後、警官は何か咎めるわけでもなく、何事もなかったかのように去っていった。
私は車から降りて辺りを見回した。空には雲ひとつなく、夜明け前の澄んだ青空がのっぺりと広がっている。白い砂利が敷き詰められただだっ広い駐車場には、まだ何の影も落ちていない。
ふいにポケットの中が振動し、慌ててスマホを取り出した。
『大丈夫? 家の人、心配してたよ』
瑠衣だった。
「え、なんで瑠衣の方に? 私は瑠衣に会うって話してない筈なんだけど」
『ここでは秘密なんて守られないでしょ。どっかから漏れたんだろうね。そんなことより、今どこにいるの? 大丈夫なんだよね?』
「まあ、大丈夫。……たぶん。ちょっと遠くまで来ちゃったけど、今から戻るから」
『そっか。――で、急なんだけどさ。今日も時間ある? 温泉入りに行こうと思ってるんだけど……』
瑠衣の声を聞きながら、雨上がりの湿った朝の空気を肺いっぱいに取り込むと、奥底に溜め込んでいた不安や鬱憤が薄まっていくような気がした。私はスマホを耳に当てたまま、真っ青な黎明の中に立っていた。
終
【ブルーアワー】
日の出前、もしくは日の入り後に空が青一色に染まるわずかな時間帯のこと。昼と夜の境目。
光源となる太陽が隠れている為、影がほとんど落ちない幻想的な光景が作り出される。
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