第1話 ひくつの渦

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違ったのは、ロックを掛けなかったのが自分であること。かろうじて服は脱ぐ前だったこと。 そう、私が……ベッドにいる側の人間だったってこと。現状の把握に時間を要したのは私だけで、彼は身なりもそのままに彼女を追いかけた。 向こうが、本命だったのだ。 「だから、あいつはダメだって言ったでしょう? 明らかにチャラかったし、何ならあの合コンでお持ち帰りする気満々だったじゃん」 私の審美眼がおかしいのか、真面目そうに見えた。女の子に慣れてなさそうに…… 「それが向こうの手でしょう?」 宏江が呆れるように言った。あまり落ち込まずに済んだのは、落ち込む原因が一つに留まらなかったからだ。 2つ目。学生時代から住んでいたアパートは狭いながらも快適に過ごしていた。ところが、新しく隣に越してきた男性が年齢職業不詳の明らかに怪しげな人で、昼夜問わずに騒ぎ、こちらが物音を立てると、威圧的に壁を殴られた。薄いアパートの壁は普通の会話の声さえ通す。しかも、壁添いにベッドがあるのだろう、その、最中の声が聞こえるのだ。しかも相手は不特定多数。傷心なのだ。勘弁してほしい。 ひどい時は酔っぱらって共通の通路で居眠りしている。何度も警察が来ていた。 「いちいち通報しやがって!」 と、壁越しに怒鳴られ、逃げるように引っ越しを決めた。
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