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『人間はあらゆる誘惑に弱い。優樹様が信頼していたという佐藤が良い例でしょう。けれども、中には自分を戒めて生活している人間もいます。そのような方に優樹様を引き合わせたい。そうお望みです。』
誰が? と言わずとも分かった。……親父だ。何だか腹が立ってきた。
「おい、愼。お前の主人は誰だよ?」
ハンバーグを口に入れようとしていた手を止めて、天井を睨む。カメラが仕込んであるキッチンの照明のそばを。
『優樹様です。』
「じゃあ、愼は俺の望みだけ叶えろ。いいか、勝手に解雇するな。明日からのハウスキーパーは?」
ハンバーグを口に入れて咀嚼する。今日のデミグラスソースは……少ししょっぱい。ご飯が欲しい。
『決まっています。』
「誰?」
サラダを口に運ぶ手を止める。いつ名前を聞いても忘れちゃうけど、とりあえず聞く。
『岡村俊次郎。男性です。』
「へぇ、男か。料理できんの?」
男? 初めてだ。単純に興味が湧く。どんな奴だろう……おじさん? 若い? 掃除なんか出来るのか?
『調理師免許を持っています。』
料理の腕前はお墨付きってか。……イケメンだといいな。
「何歳?」
『33歳です。』
33歳でハウスキーパーをしている……。収入はあまり多くなさそうだな。うちでは日曜日以外毎日来てもらっているけど、月に支払っているのは15万ほどだと聞いた。でも、掛け持ちすればそこそこの収入になるのか?
一度もバイトなんてしたことない俺は、社会人の年収がどのくらいかなんて知らない。何をするでもカード一枚で事足りてきた。現金を引き出すにしてもそのカード。無駄遣いをしているわけではないけど、月に5万円ぐらいは使っているはず。
「楽しみになってきた。」
初めての男か……。そして33歳。一度ぐらい顔を見てもいいかもしれない。俺は満足して残りの夕食を平らげた。
食べ終わった皿をキッチンのシンクに持って行こうとして立ち上がると、左足にトンと軽い衝撃があった。
「じーーん。今日は落としてないから。」
『わかりました。』
足に当たったのは自動掃除機。真っ白な体で、長い触手をヒラヒラさせながら部屋の片隅の定位置に戻っていった。いつも隅にあった、ただの正方形の箱が急に動き出した時にはビックリした。
『な、な、何だこれっ!?』
驚く俺に、箱の中にから愼の声がした時にはもっとビックリした。
『パン屑が落ちています。』
菓子パンが5個もあったから、味を見ようとメロンパンを食べたのがいけなかったらしい。それからだ。たまに愼が操作しているのをあちこちで見かけるようになった。愼はあらゆるところに潜んでいる。何となく分かってきた。
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