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「おはようございます。初めまして。あ、家主さんですか?」
33歳の岡村という男は、小柄で顎の細いネズミみたいな顔をしていた。声が高い。ザワザワと雑音が入ったような声に、一気にテンションが下がった。小柄といっても俺よりは若干背は高いし、筋肉も付いている。でも、全然好みじゃない。
「よろしくお願いします。」
玄関の扉を押さえて、中に招き入れる。俺が留守の時にはどうやって入るんだ?
男は慣れた様子でキッチンまで歩いていくと、鞄を床に置きエプロンを身につけた。無地の黒。なかなかカッコいいエプロンだけど、この男のイメージじゃない。腕まくりを始めた男をそこに置いて、寝室のドアを開けた。
『早く支度して学校へ行こう。』
ジーンズはこのままで。シャツは変えるか。クローゼットの中からアイロンのかけてあるシャツを取り出す。お気に入りの格子柄。このシャツにアイロンをかけたのもアイツだろうか?
トントン
いきなりドアをノックされて、肩が揺れた。俺の返事も待たずに勝手にドアが開いていった。
「失礼します。あれ? 着替え中?」
「……ええ。ドアを開けるのは返事を待ってからにしてもらえませんか?」
「ああ、すみません。でも男どうしだし。ここの部屋だけはいつも鍵がかけられていて、掃除はいいという事だったんですけど……本当に掃除はいいの?」
男どうしだから勝手にドアを開けていいわけないだろ? 部屋の床だけは愼2号のお陰で埃はなくなっているけど、テーブルや本棚はぐちゃぐちゃになっていた。床にも本や漫画が無造作に積み上がっている。もうそろそろ片付けようとは思っていたけど……。
「大丈夫です。俺が自分でやるので。」
俺の返事を聞いたからか、部屋を覗けて満足したからか男が素直に部屋から出て行った。
今夜の夕飯はカツ丼のはず。1週間の夕飯メニューは予め決められて、メインのおかずが変更になることは滅多にない。
『はぁっ、会わない方が良かったかもしれない。』
ちょっぴり期待した自分が馬鹿だった。ため息をついて、鞄に財布とスマホを詰め込んだ。イヤホンをする。スマホに落としたボン・ジョビの曲でもかけて……。
『優樹様、お出かけですか?』
部屋を出ようとしたところで、イヤホンの中から愼の声が聞こえた。そうそう、この声だ。自分が決めた声にホッと一安心する。
「ああ。顔見たし。後は興味ない。ここの部屋には入れるなよ?」
『承知いたしました。』
部屋を出た途端に、後ろ手にカチッと音がして施錠されたことがわかった。リビングのテーブルを拭いていた男に声をかける。
「俺、出かけてくるんで。後はよろしくお願いします。」
「はーい。」
間の抜けた返事に脱力しながら、どこかで時間を潰そうと、リビングを出て玄関に向かった。
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