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『ご自分が、ですか?』
「そう。何だか、毎月十何万も使って、ハウスキーパーを雇うのって勿体ないだろ?」
カツ丼の具をホカホカのご飯に乗せながら愼とおしゃべりをしていた。ハウスキーパーの佐藤さんが辞めてから、どうもしっくりこない。信用できない者をどんどん変えてハウスキーパーを頼んでいてもストレスが溜まるだけだ。
「それより自分のことなんだから、自分でするのも当たり前のことだし。」
『できるのですか?』
「じーーん。」
『すみません。初めは誰でも上手くはいかないものです。』
冷蔵庫から、茄子の揚げ浸しと漬物を取り出す。このべったら漬けは俺の好物。5切れ切ってキュウリの浅漬けと盛り付けてあるけど、買ってきた沢庵を切るなんてはすぐにでも出来るし。
「よし、明日から来なくてもいいと派遣先に連絡してくれ。理由は……適当につけて。」
『承知いたしました。』
温めていた味噌汁も茶碗に盛って、カウンターに置いた。キッチンを回り込んで椅子に座る。
「いただきます。」
手を合わせて箸を取る。岡村という男の料理の腕は可でもなく不可でもなく、という感じだ。どこでも食べられる、そんな感じ。カツ丼に散らしてある三つ葉を摘んで口に入れた。
「三つ葉ってさ、クセは強いけど、こうやって卵に絡めて口に入れると全然気にならないな。」
『そういうものですか? 三つ葉はハーブの一種です。』
「だからか。お吸い物に入っている三つ葉ってあまり好きじゃなかったんだ。」
たまにしか食べたことのない三つ葉でも、何度か口に入れたことがある。小さい頃は結構好き嫌いが多くて、三つ葉の入った吸い物なんて一口が限界だった。
『三つ葉はカリウムを多く含み、抗発がん作用のあるβカロ……。』
「じーーん。」
誰が栄養学の講義をしろと言った? 愼を黙らせて食事を進める。茄子の揚げ浸しは、明日の朝ごはんに取っておこう。ウインナーでも焼いて。ご飯はまだある。明日の夕飯はなんの予定だったかな?
「愼、明日と明後日の夕飯の食材はあるんだろ? 明後日はカレーだったよな? 明日は何だっけ?」
『チキンソテーです。作られるのですか?』
チキンソテーって言ったら、下味をつけて焼くだけだろ? 結構簡単そうだ。
「もちろん! 愼も手伝えよ?」
食事が終わり、食器を重ねてカウンターに置く。俄然やる気になってきた。まずはこの食器を洗うところから。食器洗いは必要に迫られて何度もやったことがあるから、自信がある。
『もちろんです。』
愼の応えにますます気を良くして、カフェオレでも飲みながら洗い物をしようと席を立った。
「よしっ! 食器洗いをする!」
『その意気です。』
『……あれ?』
何だか楽しい。管理AIなんて、父親に監視されているようで嫌だ。当初感じていた気持ちは、愼と過ごすようになってすっかりなくなっていることに気づいた。
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