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加藤弾正右衛門兵衛清忠は大良河原の戦が終うてより直ぐに上総介信長に清洲城の一室に連れられた。片足に妙な痛覚を覚えながらも其の座敷に腰を掛けた。
『弾正殿には何と謝意致せば良いのやら。さぁ、弾正殿も良ければ一献どうじゃ。』
尻を座敷に付した後、直様上総介信長は一献誘いを出した。弾正右衛門兵衛清忠は頭を深々と垂らして盃を差し出した。
『有り難き幸せ。私如きが上総介様より一献戴けるとは誠、仕合せに御座ります。』
上総介信長は弾正右衛門兵衛清忠が咽喉に酒を流すと、『そうじゃ、貴殿に御渡し致そうと思っていた物が有るのじゃ。』と発し、矛先を稲妻の様な光の源とする、赤血の跡を残した太刀を弾正右衛門兵衛清忠の手中に置いた。
『儂が「阿」の言も口に出来ぬ歳に父弾正忠より賜った物で有る故、是非重物として其方に役立をさせるのじゃぞ。』
織田上総介信長は此の四年後〔永禄三年〕に「海道一の弓取」と呼ばれし今川治部大輔義元を討果たし、其の七年後〔永禄十年〕に斎藤新九郎義龍の嫡子である斎藤右衛門大夫龍興を敗り、美濃平定を果たす事になる。
弾正右衛門兵衛清忠は上総介信長から賜った太刀を片手に、尾張の央なる節に聳え立つ清洲から旧知の「鍛冶屋の清兵衛」が居る中村へ向け、母曽根と弟喜左衛門金吾清重らと共に途に就いた。
弾正右衛門兵衛清忠は歩を進める内に、清洲で憶えた痛覚に亦候双脚を侵されて行く。弾正右衛門兵衛清忠は中村に到る一足の所で、人魂が抜けたかの様に尻居にバタリ、と地響きを打って倒れ込んだ。
すると、喜左衛門金吾清重は愁眉を開いた顔付で咄嗟に駆け寄り、『兄上、兄上!』と弾正右衛門兵衛清忠の身体を抱き寄せて多声を投掛けた。
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