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月の見えない暗い道を、手に持ったランブと星明かりを頼りにして、ぼくは浜辺へ向かっていた。
舗装されていない細い道は小石がころころ転がっていて、固い感触がサンダルの裏に伝わってくる。
両親はもうベッドで休んでいたし、兄さんは夏風邪で起き上がれない。昨日、一緒に流星群を観測した夜にはしゃぎすぎたんだ。ばかなやつ。
おかげで眠いのを我慢してぼくが兄さんの代わりに星屑拾いをさせられるはめになったじゃないか。戦利品は何割かいただいておかなくては。
兄さんは夏休みの自由研究で、星の子を観察するんだと言っていた。流星群の翌日、海に落ちてきた星屑に混じって、小さな光が見えることがある。星の子どもがつがいの相手を求めて海にやって来るのだ。
去年の兄さんは、母さんからジャムを詰めるための大きなガラス瓶を譲ってもらって、意気揚々と海へ出かけていった。
でも、兄さんは空の瓶をおみやげにして家に帰ってきた。星屑の欠片も拾ってこなかった。家族は何も言わずに迎え入れてくれた。ぼくもからかったりしなかった。
それから兄さんは星の子について話をすることはなくなったけど、一年経って、また挑戦するのだと言い始めた矢先にこれだ。今ごろベッドでゴロゴロしているんだろう。ちぇ、あいつのどんよりした顔に一発きっつーいセリフをぶちこんでくればよかった。
兄さんが二年も続けて星屑拾いの楽しみを逃してしまうのはさすがにかわいそうだと思った。手伝うのはいいけれど、ぼくはちょっと不安があった。夜の浜辺を苦労して歩き回って、何も見つからなかったらどうしよう。黒い鉄屑を瓶に詰めるだけで兄さんを慰めてやれるだろうか?
しばらく歩いていくと、遠くの方にかすかな水平線が見えてきた。
潮の匂いがする風が服にまとわりついた。
海は静かで来る者を拒まなかった。
ざあざあと規則正しい波の音。
ぼくはランプの明かりを消して注意深く夜の浜辺を見渡してみた。
宙から降ってきた星の残骸が砂浜のあちこちに落っこちていた。黒いゴミのように見える鉄屑、と、小さな光。
「あっ」
もしかして、あれかな。いきなり見つけたのならラッキーだ。日頃の行いだと思う。
他の屑を踏んづけないように近づこうとしたとき、後ろから声がした。
「星の子を探してるの?」
パッと振り向くと、いつのまにか同い年くらいの男の子が立っていた。顔はよく見えない。
「そうだけど?」
「ふうん。君が?」
聞いたことのない澄んだいい声だ。学校でも見かけたことがないと思う。
「ぼくは兄さんの代わりに来たんだよ。ほら、あっち、光ってるやつが星の子だと思うんだけど……」
ぼくがもう一度前を向いたとき、小さな光は消えていた。あれ、見失った? それとも砂に埋もれたのかな。
「君がさがしてるの、たぶん僕だよ」
「え? ……と、つまり、君が? 星の子??」
「そ。はじめまして」
彼はにこ、と笑ったような気がした。星明かりだけでは表情はよくわからない。ええと、何メートルも向こうに落ちてた小さい星が、いつのまにかぼくの背後に回っていて……?
「おいでよ。海の音がよく聞こえるよ」
なんの説明もなく、星の子はぼくの手を握って闇の中を歩き出した。夜の海辺を歩くのに慣れているっぽい。兄さんに借りたガラスの瓶がするりと抜け落ちて砂浜に転がった。ぼくは「ちょっと待って」と呼び止めたけれど、彼は返事をしてくれないのでしかたなくあきらめた。サンダルの中に乾いた砂がざらざら入ってくる。
波打ち際から少し離れたところでぼくたちは止まった。手はつないだままだ。
星の子は唐突に話し始める。
「君の兄さんが去年ここに来たね。彼がつがいになった星の子は、僕の母なんだ」
「兄さんのこと知ってるの? あいつはなんにも教えてくれなかった。つがいになる、って、どういうこと? 星の子どうしが一緒になることなんじゃないの?」
彼の言っていることがわからない。
「生命あるものなら、なんでも。星とひとつになることができるんだよ」
「……わかんないよ」
星の子はくすっと笑っただけだった。詳しく説明してくれない。きどってる。話についていけないぼくのことなんておかまいなしだ。
「僕もパートナーを探しに来たんだ。それが君なんだね」
「パートナー……」
「うん」
「それって、…………君と、ぼくが、つがいになる、ていうこと?」
「そう」
隣のふしぎな子どもは楽しそうに返事をした。
目の前の海の波は何度も行ったり来たりして、ずっとざあざあいっている。おかしなことが起きているのに、なぜだか心の落ち着く音だった。
ぼくは星の子の言うことを一生懸命考えて、なんとか話を理解しようとした。むずかしい。たぶん、兄さんも去年同じように突然申し込まれてとまどったのかもしれない。でも、最後には受け入れたんだ。
僕はひとつ疑問があった。星の子のお母さんと兄さんがつがいになったとして、星の子とぼくが一緒になれるのか?
「ええと、ぼくたちが交わったら、……君が、子どもを産むの?」
「僕は雄だよ」
「雄だから、なんなのさ」
「君が僕の子どもを産むの」
「???」
言うなり、星の子は素早く手を伸ばしてぼくの顔を引き寄せると、強引ともいえる力強さで唇を重ねてきた。ふわりとやわらかな感触でうかつにも一瞬頭の中がまっさらになった。身体の力が抜けたとたん、ぼくは砂浜に押し倒されていた。明かりを消したランプがガシャンと音を立てて放り出された。
星の子はぼくと唇を触れ合わせたまましゃべる。
「今夜は月の見張り番はいないんだ。好きなことできるよ。どうしてほしい? 女の子らしく可愛い声が出るようにしてあげようか?」
「ぼくは、男、だってば!」
「してみればわかるよ。ほら、教えてあげる」
「わあ!」
そう簡単に他人にさわらせてはいけない場所を指一本で撫でられて、ぼくの身体に緊張が走った。すごく、まずい。
「君の兄さんはとても上手だったって母から聞いたよ。離れたくなくて色々な方法で彼を誘惑し続けたんだって。おかげで母は僕を産んだあとエネルギー切れですぐに燃え尽きてしまったけど」
一方的にしゃべりながら、星の子はズボンの中に手を忍ばせた。ぼくの身体はいやだといわなかった。うそだろ。
拒絶することができない。いや、したくないんだ。ふわふわどこかに持っていかれそうな奇妙な感覚に包まれて、ぼくはいっそこのまま身を任せてしまいたい衝動に襲われた。
星の子は空いた片手でぼくのTシャツをめくり上げ、唇で肋骨をなぞっていく。初めてさわられた場所は、刺激が強すぎてぼくはそれ以上堪えることができなかった。
「そう、楽にしてて。いい気持ちだろ?」
「……は、…………っ!」
信じられない。服をぜんぶ脱がされて、ぼくの身体は甘い痺れに囚われた。起き上がることができなかった。
星の子の吐息が耳の近くをくすぐってくる。脚を掴まれて大きくひろげられたとき、ぼくは、彼の身体はどんなに熱いのだろうと想った。
ぎゅうと強く抱きしめられて、ぼくは顎をそらせてなるべく多くの酸素を吸い込んだ。少しずつ力をこめて揺さぶられるようになると、たまらずに高い声が漏れた。いつの間にか彼の背中に腕を回してしがみついていた。何かにつかまっていないと自分を見失ってしまいそうだった。重なった身体はどんどん熱くなる。しっとり汗を含んだ肌に砂がくっついた。
「君の兄さんは、母をとても大切にしてくれたらしい。代わりにお礼を言っておくね。ありがとう」
「おかあさ……きみを、産んで……すぐ、しんでしまったんだろ……なん、……話が、できるの……」
「宇宙の記憶は受け継がれるからだよ。僕は母の記憶を一部共有している。だから逢ったことのない父について、なんとなくだけどわかるんだ」
星の子がぐっと腰を深く沈めたので、ぼくは一瞬息が止まった。身体の奥が拡げられて灼熱を受け入れる。お腹の内を何度も硬いもので擦られる。
「僕のこと、もっと好きになってくれるといいんだけど。ここはどう?」
「ぅあ! ……………す………すき」
「よかった。じゃあここは?」
「っ、……、」
星の子はぼくの身体をあちこちさわって気持ちいいかどうかたずねた。ひとつ答えたら満足して解放してくれるわけではなく、次々と急所を突いてくる。だめだ。すごく気持ち好い。たすけて。
ついにぼくは降参した。力を抜いて、星の子のいいように任せてしまう。まちがいはなかった。一人のときよりもっとずっとやばいやつが身体中を駆け巡った。大きく息を吐き出す。星の子はときどき乱暴に責めたてる。ぼくはそれがうれしかった。
ときどき星の子が楽しそうに話しかけてくる。ぼくはかろうじて短い単語で返すことしかできない。だんだん自分で何を言ってるのかわからなくなってきた。そのうち考えることもやめて、ただ身体の奥から湧き上がってくる熱いエネルギーに包まれていた。
観客は宙高くにいる星の子の仲間だけだ。チカチカとまたたいて、ぼくたちを見守っている。月はいない。二人の体温は溶け合い、絡み合う水音は潮騒に遠く飲み込まれていく。
どうだった、と聞かれたら、身体の中に新しい宇宙が生まれたような感覚だと言うだろう。おかしな例えだけれど、他の上手い言い方がわからない。
星の子の子どもを宿して、ぼくは空がだんだんピンク色に染まっていくのをながめながら家に帰った。海を出る直前に思い出して空き瓶に半分くらい黒い星屑を入れた。
ゆうべのできごとは誰にも話してはいけないと、星の子に約束させられた。一夜限りの夫婦は海で別れ、ぼくは一人で子どもを産むらしい。生まれたら、海に還す。小さな星の子は水平線の向こうから、天の川を渡って宙に昇るそうだ。
最後に彼の名前を教えてもらおうとしたけど、名前はないと言われた。大きな天体望遠鏡でも届かない場所で光る、まだ発見されていない星なんだって。
じゃあ、ぼくが見つけよう。一番最初に君に逢いにいこう。
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