南天の枕に夢を見る

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「すて、早くしな!」  ここでは下女にも序列がある。長く奉公しているものが一番上で、すては一番下であった。因みに下から二番目はトヨである。  屋敷の者に食事の配膳をし、それから姉さんたちに配膳し、それから屋敷の者の膳を下げてから下っ端は食事が摂れる。 「さっさとしなよ、片付けれないだろ」  やっと食事が摂れるとなってもすぐに姉さんたちの片付けが始まってゆっくり食べている暇などなかった。 「終わったら風呂を沸かすんだよ、いいね」 「はい」  姉さんのソメに指示され、息つく間もなく薪を運び、火を入れ、せっせと風呂を沸かすすての後ろからトヨが追加の薪を運んできた。 「交代しようか?」 「まだ大丈夫、ありがとう」  外はすっかり寒いのだが、竹筒を吹くすての額には汗の玉が浮かぶ。しかしすてはこの何も考えなくていい時間が好きだった。ただがむしゃらに息を吹き込み小さな火種を大きくしていく。次第に轟々と燃える赤を見ると妙に安堵していた。  息が苦しい。熱い――自分は生きているのだと感じる。  すてには父も母もいなかった。兄が二人と姉、それに弟と妹がいるのだが、父の代わりに兄二人が田畑を守り、姉が母の代わりに幼い弟妹を育てている。そこですても家のために何か出来ないかと自ら望んで奉公に出たのであった。  自分がここで頑張った分、兄弟に楽をさせてあげられると思えばこそ、すては泣きごとも言わずに頑張る事が出来た。  今頃、兄や姉、幼い弟妹はどうしているだろうと、燃える火の中に幻を求め、すては一心に竹筒を吹く。今日もみんな健やかでいればいいなとそう願うばかりの毎日だ。 「おい、すて! 熱すぎだ! いつまで吹いてるつもりだ!」  怒鳴り声と同時に湯が頭上から降ってきた。 「申し訳ございません」  咄嗟に額を地べたにこすりつけ、すては謝る。  すてに湯をかけたのは武郷であった。湯はすての左肩から下を濡らしている。しかし火傷するほどの熱さではなかった。  これはいつもの嫌がらせなのだろうと、すては思う。そんなすての横に来たトヨは小さく囁いた。 「交代しよ。風邪ひくから戻りなよ?」 「ありがとうトヨちゃん」  かけられた湯は外気に冷え氷のようである。すては身震いすると着替えに戻った。  下女ら、お仕着せは二枚しか与えられていない。そのためすては明日のお仕着せに袖を通す。  遅い時間になって姉さんたちの風呂が終わると戻ってきたトヨと一緒に冷めた風呂に浸かる。  自分たちのために薪など使えなかった。だから最後に入るすてとトヨの風呂はほとんど水であった。 「寒いね、出よっか?」 「うん、出よう」  汗と汚れだけを落とし、震えながら出る。寝間着に着替え、お仕着せは綺麗に畳んで薄い布団の頭元へ置く。 「おやすみ」 「おやすみ」  すでに姉さんたちは寝ていた。最後に眠るすてとトヨもすぐに目が閉じる。夢など見ないほどに深く眠り、そして誰よりも早く、お天道様よりも早く起きるのだった。  
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