南天の枕に夢を見る

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 その大きな屋敷には幾人もの下人が年季奉公として仕えていた。  からっ風の吹く中、赤に染まる指で桶の中にある洗ったばかりの山のような衣類を一人の下女がてきぱきと干している。 「すて(、、)、さっさと終わらせて、こっちに来な」 「はい、姉さん」  指を擦り合わせてまた干す。呼ばれたはいいがまだ半分も残っていた。その時、  ガタガタっ――  はっ、とすてが後ろを振り向くとそこには案の定、白頭巾がいる。またか、とすては内心で溜め息を吐いた。  首から下だけを見れば上等な着物を召してイイトコの人間だと分かるのだが、しかし奇妙なのは首から上である。頭を白い頭巾で深く隠し、目元だけが細く見えている。  この白頭巾、その正体は若旦那の武郷(たけさと)であった。  武郷の足先に広がる白の海――否、干さなければならない洗濯が無残に転がっている。風に吹かれ、その身を軽くした桶が、虚しくカロンと軽い音を立てて流されていく。 「おい、すて、やり直しだな」  武郷の嫌がらせは今に始まった事ではない。ここは我慢、我慢と怒りを堪えて泥や砂の付いた衣類を拾うすてに武郷は、待て、と声を掛けた。 「申し訳ございません。まだ仕事が残っておりますゆえ」  頭を下げてまた井戸へ戻るために背を向ける。 その背に「おい」と声が掛かるがすては振り返らない。  すてが井戸に行くと、泥まみれの洗濯を見た一つ年上のトヨ(、、)が「やられたの?」と聞く。それにすては眉を寄せて首肯した。  すてがここに来て、半年。  白頭巾の嫌がらせには慣れてきたところである。
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