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7話 契約の楔
「ふにぁぁ〜」
みなさん、おはようございます。
くっそ眠いし、身体ガタガタで痛いです。
結局「おつきさまとぼく」を3回読んだ後も他の本を夜通し読み聞かせることになった。
次から次と本を取り出して、トントン指で叩いては尻尾をパタパタさせるギル。
そんな姿を見たら、多少の無理はしちゃうよな。
でも、やっぱり夜通しはさすがにキツい。
外が明るくなって、ようやく解放されたけど…今夜もってなったら確実に死ねる。
ギルが眠くなるように運動させる必要があるな。
「りでるらぁいと」
「おはよ、ギル」
ギルヴァールがすぐ横に立ちながら俺の名前を呼んだ。手には一番文章量の多い絵本を持っている。自分でも読んでいたのだろうか?
「……おひ、さま」
「そう〜…ふぁ、おひさま、だよ」
カーテンの外を見上げて、ギルヴァールが太陽を指差した。
俺は頷きながら、のっそりと立ち上がった。
3歳児だから当たり前だが、普通に並ぶとかなり身長差がある。
「……ふぅく」
やっぱりかなり学習能力が高い。
まだ会話はできないが簡単な単語はすっかり昨晩の間に覚えてしまったようだ。
「そだよぉ〜、ふくだよ〜。おきがえはこりぇね」
「…………」
「ん、あー…うちろね、ないない〜」
コンコン
「あぃ!」
「リデルライト様、朝食をお持ちいたしました」
遠慮がちなノックの後、侍女が朝食を運んできた事を告げた。俺は衣服の乱れを整えて、パタパタと扉の前に走った。
「そこにおいておいて。いま、おきがえちゅうだから」
「畏まりました。朝食を食べ終わりましたら、犬をお連れになって旦那様のお部屋に来るようにと旦那様が…」
「おとうさまが? うん、わかった」
「では、失礼いたします」
ヴェインが言っていた例の話か。やだな〜…でも行かないとなぁ〜…うえーやだなぁ〜…。
※※※
「おとうしゃま、まいりました」
「入りなさい」
「はい、しちゅれいします……ひょわっ?!」
部屋に入った途端に身体が宙に浮き、俺は変な声を出した。
「ははははッ!!! 相変わらず、ちっこいなぁ!!! わはははッ!!!」
「……さんばんたいちょ」
ガサツに大声で笑う相手を俺は睨め付ける。
そんな俺にお構いなしで軽々と自分の腕に俺を乗せながら、熊の様な大男がニカッと白い牙を見せた。
彼の名前は、デルドロ。父の隊で三番隊隊長を務めている。
黒く少し垂れたフサフサの耳に、丸太の様に太い腕と首、漢らしい風貌通りダンディな野太い声。年齢は人間でいえば、35歳より少し上くらいに見える。
彼は、父の使役獣…つまり父の“犬”だ。
そして、隊長である父を呼び捨てにしてる唯一の存在でもある。
「ミリオ!お前の息子、少し縮んだか?!」
「馬鹿者。その子は、末っ子のリデルライトだ。ヴェインではない」
「おぉ! そうか!! 悪かったなっ!
リデ坊の方か! ははははッ」
豪快に笑うデルドロに苦笑しながらやれやれと父が首を振った。
「前にリデ坊に会ったのは、この前の遠征出立時だったか?」
「あぃ」
そうだ。いつも彼と会う時は、父が戦いに行く時くらいで、デルドロはいつも甲冑を着込んだ姿だった。
だから、俺も彼が“犬”であるとは気付かなかったし、ちょっと八重歯が鋭くて、デケェおっさんとしか思っていなかったわけである。
犬の存在を知り、彼が父の犬だと兄に教えられた時はかなり驚いた。
あの屈強なおっさんに尻尾や耳が付いているのか、と。
「どれどれ……クンクン」
「………ちょっ」
「昔のミリオに似て、いーい匂いだ!
こりゃ、出世するなぁ!!!」
「………恥ずかしい真似はやめろデルドロ。
それより、いつまでそこにいるつもりだ。
話が進まぬだろう」
「うむ。そうだな」
デルドロに抱えられ父の目の前の椅子に降ろされた。ギルヴァールも大人しく、その後ろに続いて立ち止まる。
「リデルライト、もう名前は決めたのか?」
「はい、きめました。ギルヴァールです」
「ギルヴァールか良い名だな。
名は、使役獣にとって重要なものだ。それが我らと犬とを繋ぐ楔となる。
リデルライト、魔力は分かるな?」
真剣な眼差しで質問され、俺は息を深く吸い込んでから、一息で答える。
「はい。まりょくは、ひ・みず・かぜ・つちのよんだいまほうと、ひかり・やみのにだいまほうとをあわせた、むっつのちからです」
「うむ。その六大魔法を喚び起こし、使役する事で我々は魔法を発動させている。
何かを使役する際には、己の体内にある魔力と同調させているのだ」
「はい」
「犬を使役獣として契約するには、名と魔力がいる。つまり、お前とギルヴァールは正確にはまだ契約をしていない」
「そうなの、ですか?」
「あぁ、リデル。お前はまだ魔力を使ったことがないだろう?」
「はい………」
そう、この世界に魔法が存在することは知っているが、俺はまだ一度も魔法を使ったことがない。
「気にするなリデ坊!魔力ってのは、人間なら早くて5歳くらいに発現するのが普通だ」
「だが、このままでは契約が出来ないのも事実だ。契約をしていない犬は、万が一他人に奪われたとしても文句を言えない。
だから、みな必ず契約をする」
「でも、それじゃあ、ぼくは…」
もうすぐ4歳になるとはいえ、あと1年も契約が出来ないことになる。
もし、その一年の間に誰かにギルヴァールを盗られても最悪何も言えないってことか?
父がまだ早いと言った意味がようやく分かった。
でも、それじゃあ、どうしろって言うんだ?
「泣きそうな顔をするな。
お前に魔力はまだない。だからな、私はお前に試練を与えようと思っている」
「しりぇん?」
「そうだ。魔力がなくとも、魔力を作り出すアイテムがこの世には存在するのだよ。
だから、お前には犬を連れてそのアイテムを採ってくる試練を与えようというわけだ。
分かるか?」
「はい…」
つまり、魔力を無理矢理アイテムによって作り出せばギルヴァールと契約ができる。
やってみろ、というわけか。
わー、お父様ったら3歳児の俺になんて鬼畜なの??
「そのアイテムは、少し離れた洞窟の中にある。デルドロは、その場所までお前達を案内させるつもりで呼び寄せた」
「まったくよ、たまの非番の日に呼んでくれたと思えばこれだからな。俺ァ寂しいぜ」
デルドロが悲しそうに泣き真似をした。
口ではそうは言っているものの、全力で激しく振られている尻尾を見る限りはかなり嬉しそうである。
「どうだ? やるか、リデルライト」
俺はチラリと背後に立つギルヴァールを見た。緑の目が俺をじっと見据えている。
ようやく名前を教えてくれたギルを他の誰かになんかやるつもりは毛頭ない。覚悟を決めろ。
「やります。やりゃせてください!」
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