3話 この子が欲しい

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3話 この子が欲しい

 父親と二人で犬を買いに来た俺は、そこに広がっている光景に愕然としていた。 「これ…って」  まるっきり、人間だ。 いや、人間に犬の尻尾と耳がついた所謂“獣人”というヤツだ。その獣人達が鎖に繋がれて、檻に入れられている。 しかも、みんなヴェインくらいの子供ばかりだ。そんな彼等を騎士や貴族の格好をした人達が覗きこんでいる姿に俺はゾッとした。 これじゃあ、まるっきり人身売買である。 「これが“犬”だ。 私達、騎士団の中には自分の使役獣として犬を買う人間が多い。言葉も理解するし、身体能力も高い。そして、教えれば武器も扱えるからな重宝している」  淡々と説明する父からは、全く罪悪感を感じない。これが彼等の世界の普通なんだろう。  説明を受けながら、いくつかの檻の前を通り過ぎる。檻の中は、意外と清潔でちょっと大きめのペットショップみたいだ。檻の外側には、犬の説明と売約済みかどうかの張り札が掛かっている。 ちらりと目をやれば、犬の子供が可愛らしく尻尾を振ってきた。  犬はみな、毛色も違ければ耳や尻尾の形も様々だった。猟犬の類からチワワの様な風貌まで、色々な種族が檻に繋がれている。 「最近は、貴族の道楽で愛玩動物として使役する者もいるみたいだがな。本来、彼等は戦場でこそ実力を発揮する奴等だよ」  愛玩動物にしろ、軍用犬にしろ、半分人間である彼等を飼うことには変わりない。  この世界の常識や倫理観をまだ完全に理解せず、犬を飼えると喜んでいた自分が恥ずかしい。ヴェインが飼う、ではなく使役と言っていた時点で気付いてもよかったのに。  ヴェインは、これを知っていて、いらないと言っていたのかもしれない。 「貴族に使役される犬は可哀想だな」  吐き捨てるように言った父の顔は、少しだけ不快そうだった。言外にどんな意味が含まれているか、想像したくもない。  犬の誰もが美しい顔立ちをしていた。 きっと、ひときわ値段が高いあの毛並みの美しい犬は、愛玩動物の方になるのだろう。 全体的に愛玩動物の割合の方が多い気もする。 「使役できる犬は、一匹だけだ」  「いっぴきだけ?」 「そうだ。たくさん与えては、いずれ面倒を見るのに飽きて放り出す輩が出てくるからな」 「かわいそうだもんね」 「そうだ。だから、リデルにはまだ早いと言った。騎士の使役獣は、戦場の要でもある。 それでも、いま欲しいか?」  「………」  真剣に尋ねてくる父に、俺はゴクリと喉を鳴らした。  犬が本当に犬なら飼いたかったが、正直人間を飼うなんて悪趣味だし、責任があまりに重過ぎる。 「やっぱり……」  俺は、父の視線から逃れるように目を逸らした。  視線を逸らした先で、暗い目をした少年がこちらを見ていた。 無表情なその視線に俺は釘付けになる。  鳶色の髪に緑色の瞳、強く引き結ばれた唇に高く筋の通った鼻。表情とは裏腹に見るからに怯えている尻尾。 ヴェインと同じか少し上の見た目で、周りの獣人より少しだけ身体が大きい。  きっと、“売残り”だろう。 なんとか売り出そうと、たくさんの宣伝札が貼られているがそれがまた彼の売れ余りを強調していて、見ていて可哀想になるような檻になってしまっている。 「リデル?どうした、リデルライト?」  まるで、世界の全てを諦めたような、闇の底を思わせる瞳から目が離せない。 俺は、まるで糸に手繰り寄せられるように彼のいる檻の前まで歩いた。  誰かにイジメられたのか? こんなとこに閉じ込められて、恐いよな? 嫌だよな? ここを出たいか?  じっと俺を見つめ返す緑の瞳と、目だけで会話をする。  どうしてだか、この少年をこのまま放っておいてはいけない気がした。 彼を誰かに飼われるのは嫌だ。絶対に嫌だ。 ましてや、どこぞの貴族の愛玩動物になんてさせてやりたくない。 「ぼく、このこがいい」  そう言って指差せば、父も少年も驚いたように目を見開いた。
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