4話 お風呂にいれました

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4話 お風呂にいれました

「きれいにしますよ」 「…………」  俺が連れ帰った少年は、シリアルベートと呼ばれる種族らしい。 シリアルベートは、鳶色の毛並みと緑の瞳が特徴で、懐きにくく獰猛で主人と認めた者以外に絶対に服従しない。ただ、力が強く魔力量も他の種よりは高く、大抵の武器や魔法は覚えるらしい。 軍用犬としてはうってつけだが、しかし、あまりにも懐かないので、この種を使役する騎士はかなり少ないという。  確かに直ぐに戦場に連れて行けなければ、使役する意味がないからな。 だから、軍用としても愛玩動物としてもシリアルベートを飼いたいと思う人間は少ない。 「ばっちいは、ながしますよ」  父は、そんなシリアルベートを使役する事に不安を抱きはしたが、俺が頑として譲らなかった為、最終的には折れてくれた。 “そこまで言うなら最後まで全部面倒をみてみろ”と。 「はい、ふくぬいで」 「ッ……!」  しっかし、懐かないってのは本当だな! 牙や爪は立てられないが、体全身で俺を拒絶しているのがハッキリ分かる。  浴場に彼を連れて行き、服を脱がそうにも嫌がってなかなか脱がせない。だが、さすがに3歳児が8歳か10歳位の少年を押さえるには限界がある。 逃げる彼を取り押さえ、また逃げられをかれこれ30分位繰り返している。 「へぷちっ!」  既に服を脱いでいる俺は、寒くて仕方がない。クシャミをして、体をブルブルと震わせた。中身は成人済み男性だが、身体はまだ子供なんだぞ、無理させないでくれ。  俺は疲れで段々と涙目になり、その場にペタリと座り込んだ。泣かなかっただけ偉いと思う。 「う〜……」  疲れた。もう一歩も動きたくない。 別に身体を洗うだけだろ?早くしてくれよー 何がそんなに気に入らないんだ?  座り込んだ俺を少年はただ黙って無表情に見下ろしている。ちょっと手を伸ばせば掴める距離にいながら、でも俺が動けば直ぐに逃げるのだからたまったもんじゃない。 「も、やだ」  俺がため息まじりに漏らしたその言葉に彼がびくんと体を震わせた。 無表情だった目に少しだけ怯えがのぞく。 「……ッ!」  そして、何を思ったのか彼は服を着たままバチャンと湯船にダイブした。 「うわっぷ!」  お湯が鼻に入った! いってぇ!!!  ぶくぶくと頭まで湯船に浸かり、耳だけがちょこんとお湯から出ている。 音を拾おうとピクピクと可愛らしく動いているので、俺の動きを警戒しているみたいだ。  何はともあれ、お風呂に入ってくれて良かった!これで俺も入れるな! 「あー…よいちょ〜〜」  浴槽の中心は深いので、端の方に腰を下ろして一息つく。ポカポカと体の芯から暖まり、うっとり夢心地だ。 いつもは、侍女が一緒に入るせいで、あまりゆったり湯に浸かる気にならなかったが、少年があまりにも侍女達を威嚇するので、危険回避のために今回は外に控えて貰えた。 おかげで久しぶりにお風呂を堪能できる。  しかし、ここからが大変だ。 石鹸で洗わないと汚れは落ちないし、濡れた服を今度は脱がせなければ風邪をひいてしまう。 「………」 「こうやって、あらえりゅ?」  俺は離れた場所で石鹸を使って体を洗ってみせた。少年は、じっと俺を見るだけで全く真似する様子がない。 ぷいと横を向いて、無視を決め込んでいる。 「ばっちいと、いえにはいれないよ!」 「………」  ちょっとイジワルだがそう言うと、渋々だが湯の中で身体を洗い出した。ゴシゴシと洗う度に汚れが湯船に浮いてくる。 「わぁ」  こりゃ、相当汚れているな。 でも、洗い出したってことは少しは言葉を理解しているのか? 「はい、これ」  遠くの方から石鹸を投げてあげれば、すぐに器用に泡立てて髪を洗い出した。 やっぱり、この少年かなり頭がいいぞ!  俺はいそいそとタオルと着替えを持ってきてやり、彼のすぐそばの床に置いた。そしてまた距離をとる。 「……」  俺の意図を理解したようで、少年が警戒しながらも湯の中でモゾモゾと服を脱ぎ、タオルに引っ掴んで俺をギロリと睨んできた。  あ、着替えを見られたくないのかな? よし、じゃあ後ろを向いてあげよう。 「うしろむくよ!」  俺が後ろを向いて暫くすると、バチャバチャと水飛沫の音がし始めた。 さっき俺から逃げ回っていたのは、やっぱり裸を見られたくなかったからみたいだ。  こんな3歳児でも見られれば恥ずかしいもんかね? 「もういーい?」 「………」  相変わらず返事はないが、たぶんもう平気だろう。俺はそっと振り返った。 「……」 「わぁ〜、ピカピカだ」  体の汚れを落とすと、想像以上に綺麗…というかイケメンだった。 でも、可哀想なくらい痩せている。寝巻きから出ている腕も足もかなり瘦せ細り、見ていて痛々しいほどだ。  あまりご飯を食べさせて貰っていなかったのかもしれない。可哀想に、折角うちに来たんだいっぱい食べさせてあげよう。 人間お腹が空いたら悲しいし、辛いもんな。 「へぷちっ! あーさびゅい。じゃあ、もうあがるよー」 「……」  お風呂から上がり、少年を手招きする。 すると、距離はとられてはいるが、大人しく俺の後をついて歩いてくれた。 それがまるでアヒルの子みたいで、なんだか可愛い。 「………」  「きれいになって、よかったね?」  未だに一言も喋らないけど、そのうち声を聞きたいなぁ…。
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