6話 おつきさまとぼく

1/1
前へ
/12ページ
次へ

6話 おつきさまとぼく

 ベッドに入りスッカリ夜も更けた頃、妙な鳴き声で俺は目が覚めた。 窓際の方からクゥン、クゥンと心細そうな鳴き声が聞こえてくる。 「よなきしてる」  昔飼っていた子も初めて家にきた時は、よく泣いていたっけ? 不安とか淋しさからとか狭い場所が嫌だったり、お腹が空いてとかで夜泣きするんだよな。不安そうに泣いている時は、俺がそばに行って一緒に寝てあげたもんだ。  俺はベッドから抜け出して、本棚から一冊の絵本を持ち出した。  表紙には、この世界の文字で『おつきさまとぼく』とでかでかと書かれている。文字を勉強中の俺に母が買ってくれた絵本のひとつだ。 「よちよち〜」  少年が包まっている横に座って、恐らく背中だと思われる所を撫でてあげる。 僅かに体が震えた後、泣き声がやんで気配を探るように静かになった。  俺は子供にしてやる様にゆっくり、ポンポンと背中を優しくたたいてあげながら、もう片方の手で絵本の表紙を捲った。 「ごほん、よんであげる。 ……おちゅきさまとぼく」 「おちゅきさま、こんばんわ。 よるのおさんぽ、こんばんわ。 よるのおさんぽは、まっくら。 まっくら、こわいな。さびしいな。 おちゅきさま、こんばんわ。 くもさん、こんばんわ。 おちゅきさまは、きらきら。 おちゅきさまは、ぴかぴか。 おちゅきさま、こんばんわ。 ぼくとこんばんわ。 おちゅきさまは、にこにこ、まんまる。 ぼくとおやすみ、さようなら。」  気付けば、少年がひょっこっと顔を覗かせて、俺の声に耳を傾けている。 よほど「おつきさまとぼく」が気に入ったのか、無表情だった目が少しだけ、ほんの少しだけだが輝いているように見えた。  今なら彼の名前も聞けるかもしれない。  今夜は満月。眩い光が夜空に浮かんでいる。 俺は絵本の月と夜空の月を交互に指差した。 「おちゅきさま、ちゅーき、つき」 「………」 「ぼくは、りでるらいと。 り・で・る・ら・い・と」  今度は、俺を指差して名前を言う。 「おつきさま、りでるらいと、おつきさま、りでるらいと、だよ!」  少年が月と俺を何度か交互に見て、口をもごもごさせた。発音を真似ようとしているのだろう。 俺も赤ちゃん言葉ではなく、なるべく正しい発音で言えるように慎重に口を開いた。 「つき、りでるらいと」 「…………っ……っき、……つ、き」 「じょーずだね〜! つき!!」 「り、………り…?」 「り・で・る・ら・い・と」 「り、……で、…りで…」 「らーいーと」 「るら………らぁぃ…と」 「そうーー! すごい、すごい!!」  おぉ〜! 言えた! 言えたじゃないか! 俺は感動のあまり、両手をこれでもかと叩いて喜んだ。 「りでぇ…るらぁ…いと、、つき、、」 「うん、うん」 「つき。 ギ……ギェル…ヴァール…」  少年が月を指差した後、自分を指差した。 「ギル…えーと?」 「ギェ、、ギェルヴァール」 「ギルヴァール!! かっこいいなまえだね! でも、ながいからギルってよばせてね?」 「………………ギェル………ふぅ」  名前はギルヴァールか! 長くて珍しい名前だな! 毎回呼ぶのは大変だから、普段はギルって呼ばせてもらおう。  でも、名前を呼んだだけなんだが、心の距離が縮まったみたいで嬉しいぞ。これからは、ギルをギルとして呼んであげられるし、ギルからも名前を呼んでもらえる! もっともーっと勉強すれば、普通に会話できるようになるんだもんな! すっごい楽しみだ! 俺は、にまにましながらギルヴァールに話しかけた。 「ギル、きょうはいっしょにねてあげる。もうこわくないよ」 「…………」  トントンとギルヴァールが指で絵本を叩いた。 もしかして、もう一回? 「つき」 「いいよ、よんであげゆ」 …こほん。 さてさて、今夜は長くなりそうだな。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加