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6話 おつきさまとぼく
ベッドに入りスッカリ夜も更けた頃、妙な鳴き声で俺は目が覚めた。
窓際の方からクゥン、クゥンと心細そうな鳴き声が聞こえてくる。
「よなきしてる」
昔飼っていた子も初めて家にきた時は、よく泣いていたっけ?
不安とか淋しさからとか狭い場所が嫌だったり、お腹が空いてとかで夜泣きするんだよな。不安そうに泣いている時は、俺がそばに行って一緒に寝てあげたもんだ。
俺はベッドから抜け出して、本棚から一冊の絵本を持ち出した。
表紙には、この世界の文字で『おつきさまとぼく』とでかでかと書かれている。文字を勉強中の俺に母が買ってくれた絵本のひとつだ。
「よちよち〜」
少年が包まっている横に座って、恐らく背中だと思われる所を撫でてあげる。
僅かに体が震えた後、泣き声がやんで気配を探るように静かになった。
俺は子供にしてやる様にゆっくり、ポンポンと背中を優しくたたいてあげながら、もう片方の手で絵本の表紙を捲った。
「ごほん、よんであげる。
……おちゅきさまとぼく」
「おちゅきさま、こんばんわ。
よるのおさんぽ、こんばんわ。
よるのおさんぽは、まっくら。
まっくら、こわいな。さびしいな。
おちゅきさま、こんばんわ。
くもさん、こんばんわ。
おちゅきさまは、きらきら。
おちゅきさまは、ぴかぴか。
おちゅきさま、こんばんわ。
ぼくとこんばんわ。
おちゅきさまは、にこにこ、まんまる。
ぼくとおやすみ、さようなら。」
気付けば、少年がひょっこっと顔を覗かせて、俺の声に耳を傾けている。
よほど「おつきさまとぼく」が気に入ったのか、無表情だった目が少しだけ、ほんの少しだけだが輝いているように見えた。
今なら彼の名前も聞けるかもしれない。
今夜は満月。眩い光が夜空に浮かんでいる。
俺は絵本の月と夜空の月を交互に指差した。
「おちゅきさま、ちゅーき、つき」
「………」
「ぼくは、りでるらいと。
り・で・る・ら・い・と」
今度は、俺を指差して名前を言う。
「おつきさま、りでるらいと、おつきさま、りでるらいと、だよ!」
少年が月と俺を何度か交互に見て、口をもごもごさせた。発音を真似ようとしているのだろう。
俺も赤ちゃん言葉ではなく、なるべく正しい発音で言えるように慎重に口を開いた。
「つき、りでるらいと」
「…………っ……っき、……つ、き」
「じょーずだね〜! つき!!」
「り、………り…?」
「り・で・る・ら・い・と」
「り、……で、…りで…」
「らーいーと」
「るら………らぁぃ…と」
「そうーー! すごい、すごい!!」
おぉ〜! 言えた! 言えたじゃないか!
俺は感動のあまり、両手をこれでもかと叩いて喜んだ。
「りでぇ…るらぁ…いと、、つき、、」
「うん、うん」
「つき。
ギ……ギェル…ヴァール…」
少年が月を指差した後、自分を指差した。
「ギル…えーと?」
「ギェ、、ギェルヴァール」
「ギルヴァール!! かっこいいなまえだね!
でも、ながいからギルってよばせてね?」
「………………ギェル………ふぅ」
名前はギルヴァールか!
長くて珍しい名前だな! 毎回呼ぶのは大変だから、普段はギルって呼ばせてもらおう。
でも、名前を呼んだだけなんだが、心の距離が縮まったみたいで嬉しいぞ。これからは、ギルをギルとして呼んであげられるし、ギルからも名前を呼んでもらえる!
もっともーっと勉強すれば、普通に会話できるようになるんだもんな!
すっごい楽しみだ!
俺は、にまにましながらギルヴァールに話しかけた。
「ギル、きょうはいっしょにねてあげる。もうこわくないよ」
「…………」
トントンとギルヴァールが指で絵本を叩いた。
もしかして、もう一回?
「つき」
「いいよ、よんであげゆ」
…こほん。
さてさて、今夜は長くなりそうだな。
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