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「わざわざ呼びに来てくださったんですか?」 「商品開発部総出で作業していて、一番暇なのは私だからな。部長って言っても最後に判を押すだけで、さほど頼りにされてないんだよ。」  部長なのに頼りにされていない? 「それでも部長ですよね?」 「半年もしたらいなくなる、勉強中の坊ちゃんだと思っているやつばかりさ。」 「え?」  私の不思議そうな顔を見て、市ヶ谷部長は苦笑いをしている。 「市ヶ谷って聞いてもピンとこないんだ。我が社の社長は?」 「市ヶ谷誠司…いちがや?」 「そう。その社長の不肖の息子が俺。」 「私は部長とお会いしたのは、初めてですが、私を呼ぶなら部長名で内線一本で『来い』で済むところをわざわざ足を運んで、迷惑をかけたと思った他部署に誠意を見せてくださった事は、尊敬に値します。」  私がそう言うとびっくりしたような、でもうれしそうな顔をした市ヶ谷部長は、さっきまでより少し幼く見える。 「そう言ってくれたのは、橘さんが初めてだよ。」 「そ、そうですか…」  じっと見つめられて、恥ずかしくなった私は市ヶ谷部長から目を逸らしたから、彼が獲物を捕らえたような顔をしていた事に気付かなかった。
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